スピッツ大学

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18時限目:ウィリー

【ウィリー】

 

■アルバム『フェイクファー』に収録されている曲。軽い感じの曲の割には、イントロから、ドスの効いたベース音が引き立って聴こえます。

 

この曲は何と言っても、出だしから「イェーイ サルが行くサルの中を」というフレーズがすごく耳に残ります。聴くと今でも、なんちゅー曲じゃこりゃ、と思ってしまいます。

 

生前の父親は、車の中で僕がアルバム『フェイクファー』を流すと、この【ウィリー】に差し掛かった時に、「変な曲だな」と言っていました。しかし、次の瞬間には、くせになったのか、「イェーイ…」と歌い出していました。

 

つくづく、マサムネさんが、そしてスピッツが、いかに耳に残るメロディーや歌詞を生み出すアーティストであるか、ということが分かる・表している一曲だと思います。

 


■まず、出だしの歌詞がこんな感じです

 


サルが行くサルの中を
無茶してもタフなモーターで
だんだん止めたい気持ちわきあがっても
手に入れるまで
もう二度とここには戻らない

 

まず、この歌詞の中で使われている”サル”という言葉、これはおそらく、人間を表していると思っています。

 

そういうわけで、「サルが行くサルの中を」で、雑踏の中を歩いている人を…もっと言うと、一番目の”サル”はウィリーを、二番目の”サル”は周りにいる人たちを表している、というイメージです。

何ていうか、自分は特別なんだと、信じようとしていう感じでしょうか。しかしながら、所詮自分も”サルに紛れたサル”ということです。

 


■この部分の歌詞も印象に残りました。

 


電話もクルマも知らない眠れないなら
いっそ朝まで
大きな夜と踊り明かそう

 

不思議に思ったのは、漢字で書けるのに、カタカナで表されているものがあるということです。「サル」もそうですが(まぁ、サルはカタカナ表記もよくみますので、そんなに気にはなりませんが)、特にここの「クルマ」は、何か不思議ですよね、何か意味があるんじゃないかと、疑ってしまいます…草野さんの技法なのか、それとも、ただの言葉遊びなだけかもしれませんが。

 

個人的な解釈としては、例えば、”電話もクルマも知らない”という部分で、僕は、吉幾三さんの【俺ら東京さ行ぐだ】という曲が浮かんできます。「はぁーラジオもねぇ テレビもねぇ」「こんな村嫌だー」などというフレーズが有名な曲です。

 

吉幾三さんの歌の話ではないが、例えばウィリーは、夢を追って、地方から都会に出てきたのではないか、と解釈してみました。大学生になって上京してきたとかってのもありですね。だから、”電話もクルマも知らない”なんですね、まだ都会に慣れていないような様子を表しているんですかね。

 


■他の歌詞を読んでみると、

 

「手に入れるまで もう二度とここには戻らない」…ここの部分はまさに、夢や目的を叶えるために、やってやるんだという決意の表れでしょうか。

 

「大きな夜と踊り明かそう」…ここらへんは、ちょっと無理して、歓楽街に繰り出しての飲み騒ぎの様子が思い浮かびました。ひょっとしたら、いかがわしい、イヤーンな店にも行ったりするのかもしれません。

 

「甘く苦く それは堕落じゃなく」…あくまで、堕落ではない、と強調していますね。自分は、何かを成し遂げることができるんだと、根拠があるのかないのかは分かりかねますが、そう信じ込んでいるんです。その願いは、大成するのか、それとも何処かで朽ち果てるのか、未来なんて分からないまま、都会の片隅で暮らしているんですね。

 


そう考えると、日本は”ウィリー”だらけなのかもしれませんね。
あなたは、”ウィリー”してますか?