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スピッツ大学

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55時限目:魚

【魚】

 

スペシャルアルバム『色色衣』に収録されている曲です。もともとは、『99ep』という、3曲入りのEP盤に収録されていたが(収録曲は、【ハイファイ・ローファイ】、【魚】、【青春生き残りゲーム】)、『色色衣』の発売により、『99ep』は製造中止になりました。うーん、僕は持っていないですねー、レンタルしてMDに録音した記憶はあるんだが、本体は手元にありません。

 


■これは、今回調べていて初めて知ったことなんですが、【魚】は、BS-iで放送されたテレビドラマ「恋する日曜日」の主題歌だったらしいですね。

 

ドラマの説明文によると、「恋する日曜日」は、1~3話完結の恋愛オムニバスドラマであり、毎回、80年代~90年代のJ-POPの曲をモチーフに、その曲のタイトルを、そのまま各話のタイトルとしていたのだそうです。その一曲として、スピッツの【魚】があったとのことです。当然、その時のドラマのタイトルは「魚」でした。

 

恋する日曜日 魚」が、どういうストーリーだったか。当然、見たことはないですが、今回調べていて、あらすじだけは見つけることができました。ただ、詳細なあらすじではないので、具体的にどんな話であるかは、やはり分からないままです。

 


<あらすじ>
すし職人になることが夢の男を応援しようと、その恋人も男と一緒に、北海道から東京に上京してくる。しかし、男の方の修業が忙しくなり、二人にすれ違いが生じるようになり、恋人の応援すら男はプレッシャーに感じるようになる。そしてついに、男は修業先から抜け出し…。(結末までは書かれていませんでした)

 

あらすじを見て、僕なりに感じ取った、この話の内容は以上のとおりです。興味がある方は、見てみると良いでしょう。

 

ちなみに、この話の2人の男女の名前なんですが、男の方の名前が”隼人”、女の方の名前が”なぎさ”となっていました。うーん、これは明らかに、隼(8823)となぎさ(渚)で、スピッツの曲名を拝借し、狙ったものだろうと僕は勘付きましたが、果たしてどうでしょうか。

 


■【魚】は、個人的ランキング、195曲中8位と、ベスト10入りを果たしております。

 

僕はこの曲が、何でかとても好きなんですよね。確か、最初にこの曲を聴いたのが、何かのラジオだったと思うんですが、父親の車の中だったか、自室でだったかは覚えてないですが、その時はそんなに印象には残りませんでした。

 

個人的ランキングのベスト20くらいまでを見てみても(別記事を参照されたい)、たいていの曲は、表題曲だったり、シングルだったり、ある意味有名な曲だったりで、何となく目立っている曲なのです。そんな中で、【魚】という曲は、決して目立っているわけではありません。

 

しかし不思議なんですが、僕はいつからか、この曲のことがとても好きになったのです。

 


■明るい感じの曲ではありませんが、暗い曲でもありません。しかし、何とも言えない寂しさだったり、哀愁だったり、そういう雰囲気がこの曲からは伝わってきます。

 

そして、時折聴こえてくる鍵盤の音にも、はっとなりますが、もともとこの曲が収録されていた『99ep』は、スピッツのライブのキーボードには欠かせない、クジヒロコさん(通称:クージー)がレコーディングに初参加した作品だそうです。DVDなどのライブ映像を見ると、最近のだと必ずと言っていいほど映り込んでいる女性の方です。ということは、おそらくこの鍵盤の音は、すべてクージーの演奏なんでしょうね、素敵です。

 


■歌詞の解釈・感想です。

 

うーん、この歌詞こそ、色んな想像ができそうですね。どんなストーリーになるのか、人によってその想像が違ってくるのではないでしょうか、面白い曲です。

 

まず、僕がこの歌を聴いて、歌詞を読んで、真っ先に感じたイメージは、”都会”でした。そこで、どういうストーリーがあったのだろう、と考えてみました。気になったフレーズをピックアップしながら、そのストーリーを妄想してみます。

 


まず、出だし。

 


飾らずに君のすべてと 混ざり合えそうさ 今さらね
恋人と呼べる時間を 星砂ひとつに閉じこめた

 

”混ざり合えそうさ”という言葉から、何となく性的な印象を受けました。ひょっとしたら、そういう行為を表した、あるいは、その最中であることを表している言葉なのかもしれません。”今さらね”という言葉もひっかかりますが。

 

そして、この後に”恋人”という言葉が出てきていますが、”恋人と呼べる時間を”という表現になっているので…どうなんでしょう。今この瞬間だけ、恋人と呼べる関係になっている、という風に考えると、例えば、二人の関係がその日だけの淡白なものであるとか、もしくは、何か秘密めいた恋愛をしている雰囲気が漂ってきます。前者だと、例えば、援助交際だったり風俗でしょうか、後者だったら、不倫とか浮気とかでしょうか。

 



繰り返す波の声 冷たい陽とさまよう
ふるえる肩を抱いて どこにも戻らない

 

この表現も独特ですね。ここの表現が、最後のサビでは、”コンクリートに染み込む 冷たい陽とさまよう”というフレーズに変わっていきます。僕が、この歌に都会的なイメージを抱いたのは、この”コンクリートに染み込む”という表現からでした。何となく、例えばビル街のような、コンクリートに囲まれ、圧迫感を感じるような、そんな風景が思い浮かびました。

 

改めて、ここのフレーズ全体を眺めてみると、”ふるえる肩”という表現が出てきます。これは、そういう都会的な生活や、あるいは、何か秘密めいた恋人関係に、不安を感じている、とそういう意味合いとして捉えました。とにかく、何かに不安を感じているんだと。

 


あとは、こんな表現。

 


この海は 僕らの海さ
隠された 世界とつなぐ

 

ここでいう海とは、文字通りの海ではなく、おそらく、都会の風景を”海”と例えたものだと思います。”隠された 世界とつなぐ”と…僕らの知らない世界が、まだまだきっとたくさんあるよ、とそういう表現でしょうか。そんな世界と、ここに居ながらにして、すべてつながっているんだよ、という具合の表現でしょうか。

 


■そして、タイトルの”魚”という言葉が出てくる部分で、こんな言い回しをしています。

 


「きっとまだ 終わらないよ」と 魚になれない魚とか

 

しばしば、都会を行く人たちの群れを見て、”魚”と例えることがあります…僕だけでしょうか。スクランブル交差点とか、もしもそこを行きかう人たちを、ビルの上から眺めたとするならば、行きかう人々が、群れで泳ぐ魚のように見えるかもしれません。

 

そう考えると、”魚”になるということは、都会という海を自由に泳ぐ=都会の生活になじむ、と捉えることができます。ともすれば、”魚になれない魚”という表現は、何となく都会の生活になじめていない、またそういう生活に不安を感じている様子が見てとれます。

 


■少し解釈が散らかってしまいましたが、ちょっとまとめてみます。

 

まず、”恋人”という表現をどう解釈するかですが。これは先述した通り、何か特別な秘密を抱える関係のような気がしますが、その辺りは、あまり深く考えないこととします。

 

そんな2人が、都会の隅っこで、何かに不安を感じながらも、慰め合いながらつつましく生きていると。まぁ、この2人に限ったことではないでしょうが、そういう生活をしている人のことを歌った歌になっているのだと思います。

 

あなたは、どんな歌に聴こえますか?