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205時限目:ローランダー、空へ

【ローランダー、空へ】


ローランダー、空へ

ローランダー、空へ

 

■アルバム『惑星のかけら』に収録されている曲です。個人的ランキング、195曲中187位でした。何か、すごく不思議な曲ですよね。まぁ実際は、そんなに分かっていないのかもしれませんが、独特な世界観はびしびしと感じています。

 

アルバム『惑星のかけら』には、【ローランダー、空へ】が最後から2番目に収録されていて、それに続く、インストゥルメンタル(ボーカルのない曲)の【リコシェ号】が最後の曲となっています。個人的には、最後がインスト曲なので、【ローランダー、空へ】が最後の曲のように感じています。

 

何ていうか、【ローランダー、空へ】で物語が終わって、【リコシェ号】は映画のエンドロール的な感じです。または、2曲がセットのようにも感じますかね…”ローランダー”が”リコシェ号”に乗って、空へと旅立っていくという結末をイメージしました。

 


■まぁとにかく、個人的には、この【ローランダー、空へ】でアルバムが締めくくられていると感じています。

 

アルバムを締めくくるにふさわしい、壮大でスケールの大きな曲です。ボーカルにもエフェクトが施されていて、どこか遠くから…天から降ってきているかのように聴こえてきます。そんな神々しいボーカルを、重たくてどっしりとした演奏が引き立てます。何ていうか、ボーカルが”天”で、楽器隊の演奏が”地”というイメージです。

 


書籍「スピッツ」で語られていることですが、アルバム『惑星のかけら』は、SFファンタジーロックと形容されています。草野さんの妄想の世界が、色濃く表現されている1枚であると感じます…まぁこれは、この作品に限ったことではないけれど、没入感というか、そういうものをこのアルバムで感じる時があるんです。

 

で、アルバムの最初の曲が【惑星のかけら】、そして、最後(ではないけれど)が【ローランダー、空へ】ですよ。僕はこの2曲が、それぞれがアルバムの”入口”と”出口”の役割を果たしていると感じているのです。

 

それは、単にアルバムの最初と最後、という意味ではなくて、精神的に繋がっていて、その入口と出口という感じです。【惑星のかけら】で、妄想の世界へと入っていって、【ローランダー、空へ】でそこから脱出していくような感じです。この辺りに関しては、また後述します。

 


■さて、そんな不思議な曲を考察してみます。

 

まず、タイトルに含まれている”ローランダー”という言葉についてですが、wikiなどによると「低地に住む人」という意味だそうです。英語では”Lowlander”と書きますが、lowが「低い」、landで「土地」、語尾の”-er”で「の人」を表すので、繋げるとそういう意味になるということだと思います。

 

あるいは、こちらが語源なのかは分かりませんが、スコットランドを二分して、高地地方を”ハイランド地方”、低地地方を”ローランド地方”と呼ぶそうで、ハイランド地方に住む人たちのことを”ハイランダー/Highlander”、そして、ローランド地方に住む人たちのことを”ローランダー/Lowlander”と呼ぶそうです。この辺り、歴史的なことや宗教的なこともあるようですが、今回は触れずに、言葉と意味だけ拾っておきます。

 

とにかく、タイトル”ローランダー、空へ”で、低地に居た人が、広い空へと飛び立って行くようなイメージを浮かべることができます。

 


■じゃあ、言語的な意味は分かったとして、具体的にはどんなことを歌っているのか考えてみます。ということで、やはり歌詞ですよね、この歌詞もすごく独特なのですが、何となく様子が分かりそうなのは、1番ではないかなと思います。

 


果てしなく どこまでも続く くねくねと続く細い道の
途中で立ち止まり君は 幾度もうなづき 空を見た
飛べ ローランダー
飛べ ローランダー
棕櫚の惑星へ 棕櫚の惑星へ たどり着くまで

 

ここが、1番のAメロ~サビに当たるわけですが、ずばり僕がイメージしたのは”成仏”です。つまり、亡くなった人があの世へと旅立つシーンです。

 


最初の2行は、かなり壮大に書かれてはいますが、ここだけ読むと、”旅立ち”あるいは”旅の途中”のシーンですよね。長い長い道を、立ち止まりながらも、目の前に広がる空を見上げて、少しずつ歩いているような、そんな光景が浮かんできます。

 

そこから後半の3行へ繋がっていくんですが、タイトルにも含まれている先ほど紹介した”ローランダー”というフレーズを経て、最後の1行へと続いていきます。

 

最後の1行は、特に特徴的ですよね。まず読み方ですが、”棕櫚の惑星”で”シュロのホシ”と読みます。”惑星”を”ホシ”と読ませるのは、アルバムタイトルと同じです。この辺りが、精神的に”惑星のかけら”とのつながりが強いのではないかと、個人的に思っている所以なんですけどね。

 


ちなみに、”棕櫚(シュロ)”という言葉についてですが、これは調べてみると、ヤシの木(ヤシ科の樹木)だそうです。あるいは、クルアーンコーラン)と呼ばれる、イスラム教の聖典(聖書のようなもの?)の中に、”棕櫚章”(アル・マサド)というお話が載っているそうです。

 

いずれにしても、”棕櫚の惑星”という、ひとつながりで意味を見出すことが出来ませんでした。ヤシの木はとても背の高い木なので、星と関わりのあるような神話や逸話などがあるのでしょうか。それとも、何かモチーフにした映画や物語があるのでしょうか。その辺り、詳しく知って居られましたら、コメントください。

 


■”棕櫚”の件は置いておくとして、解釈をまとめてみます。

 

まず、”ローランダー”とは、先述の通り「低地に住む人」という意味ですが、つまりは、大地に根付いて暮らしている者(そうしないと生きていけない者)として、これは結局、広く我々人間のことを表しているのではないでしょうか。

 

あるとき、”ローランダー”は旅に出ました、あるいは旅の途中にありました。ところで、旅というのは、たいていの場合は、ゴールがあるはずです。ここにたどり着きたい、こんな風になりたいという目的があるはずです。

 

歌詞を読むと、”ローランダ―”は、”棕櫚の惑星”なる場所を目指していることがわかります。”棕櫚”はともかく、”惑星”ですよ。というところで、先述したとおり、”惑星のかけら”とのつながりを考えてしまいます。つまり、両曲で表されている”惑星”は、同じものなのではないか、と。

 

アルバム『惑星のかけら』は、これも先述のとおり、草野さんの妄想の世界が色濃く表現された作品です。詳しくは、このブログで過去に語ったのですが、”惑星のかけら”は、夢や妄想だったり、死や性(生)だったり、そういう何ていうか、この世界の”真理”や”概念”をぐちゃぐちゃにまとめたようなものだと考えました。”ローランダー”は、そういう場所を目指して旅をしていることになります。

 

そういう場所は、”この世”では説明がつかない気がしますよね。少なくとも、”惑星”と比喩されている以上、空に浮かんでいるイメージです。タイトルにも”空へ”という言葉がくっついています。

 

地面に根付いてしか生きられない、羽も持たない”ローランダー”の旅は、空へと続いていきます。その向かう先には”棕櫚の惑星”…ということで、”ローランダー”は魂となって浮かび上がって、”この世界”と一体化しようとしているのではないでしょうか。これを簡単に、”成仏”と言い表しても差し支えはありません。

 


ちなみに、書籍「スピッツ」の中で、草野さんが自らの死生観を、こんな風に語っておられました。

 


草野さん「きっと人間が死ぬととりあえず全部地球っていう魂に帰るんじゃないかって。肉体はコップみたいなもんで地球から魂をすくい上げてるだけで、また海に戻って結局は一緒くたになってるんじゃないかって思ったりして。」

 

この辺りのことも、何ていうかこの【ローランダー、空へ】に反映されているように読めますよね。