15時限目:今
【今】
アルバム「ハヤブサ」に収録されている曲です。このアルバムを手にして、初めてこの曲を聴いた時、びっくりしたことを覚えています。それは、この曲が今までのスピッツにないような、ロックな曲だったからです。
そういうわけで、最初は違和感を感じたことを覚えています。そして、最初はあまり好きになれなかったのです。
しかし、「ハヤブサ」というアルバムがどういうアルバムか、そして、スピッツがやろうとしていることは何なのか、などを知っていく上で、この曲の表していることが何となく分かってきて、今では大切な曲になりました。
合わせて、先日僕が書いた記事を読んでもらえれば、よりこの記事が生きてくるんですが、かなり長文なので…要約すると、その記事で僕は、アルバム「ハヤブサ」は、スピッツのアルバムの中でも重要な一枚で、彼らがこのアルバムでやろうとしたことは、自分達が目指す、ロックバンドとしてのスピッツを、世間に知らせることだった、と記したつもりです。
そんなアルバムの、一曲目を飾る曲、【今】。僕としては、この曲はタイトル通り、スピッツの「今」を歌っている曲だと解釈しました。スピッツの、まさに「今」の思いを詰め込んだ曲だということですね。
サビの部分で、マサムネさんはこんな風に歌っています。
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君と歩く浅瀬
笑って 軽くなでるように
待ちこがれた「今」
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この中で、僕は「浅瀬」という言葉に注目しました。このアルバムには、【いろは】という曲も入っていますが、この曲の中にも、「波打ち際」という、よく似た言葉が出てきます。ということで、「浅瀬」や「波打ち際」という言葉は、この時期のスピッツにとって、重要な言葉だったんじゃないか、と思っています。
浅瀬というのは、陸と海の境界線の場所ですね。僕のイメージでは、陸は、今まで自分達が居た場所、つまり「過去」で、海は、これから自分たちが目指す場所、つまり「未来」、という解釈です。そして、その境界線の浅瀬がまさしく、「今」の自分達がいる場所、という解釈につながります。
スピッツは、この曲で、大きな海に漕ぎ出していこうとしていたのではないでしょうか。先述の通り、自分達のやりたいことをやって、それを世間に知ってもらいたくて、この頃のスピッツは、変わろうとしていたのだと思います。この曲は、そういう決意表明の曲に思えてきます。それをマサムネさんは、”待ちこがれた「今」”と表現しています。
ちなみに、”君”の解釈としては、メンバーか、ファンのことだと思っています。前者、メンバーという解釈が強いですね。
この曲の最後は、こういう表現で締めくくられています。
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いつかは 傷も夢も忘れて
だげど息をしてる それを感じてるよ今
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ここの表現も、そういう意味で聴くと、なんか泣けてきます。