(※本来の順番には沿っておりませんが、この曲に関しては、とある都合により先に載せておきます。次回からは、また本来の順番に戻ります、ご了承ください)
【僕はきっと旅に出る】
■38作目の両A面シングル『さらさら / 僕はきっと旅に出る』に収録されている曲です。アルバムとしては、『小さな生き物』に収録されました。
現時点で発表する個人的ランキングは、アルバム『小さな生き物』以降の曲が反映されていませんが、この曲を入れるとしたら、確実にベスト10…いやいや、ベスト5くらいには入るかもしれません。それくらい僕にとって、この【僕はきっと旅に出る】という曲は、本当に大好きな曲…というよりは、この場合は”大切な曲”という言い方の方がふさわしいと思っています。
いつもよりも余計に、この曲について、キーボードを弾く指に力と魂が入ります。それは、この曲に対して、僕自身が特別な思い入れを持っており、それが溢れてくるからです。いつか必ず、自分が書かなければいけない記事だと思っていました。かなり長くなっているとは思いますが、良かったら、お茶でもコーヒーでも飲みながら、ゆっくり読んでいってください。(体感として、ゆっくり読むと大体15分くらい、時間をいただくことになります、笑)
■この曲が発表された背景などについて、個人的に思うことも踏まえて、まず話しておきます。
まず、2011年3月11日、東日本大震災という、未曽有の災害が日本を襲いました。自分は、西日本で暮らしているため、直接被害を受けたわけではありませんが、あの頃に連日繰り返された報道には、ショックを受けた一人ではあります。まぁ、その報道を見て、ただただ絶句することしかできませんでしたけどね…。
そして同時期、この繰り返される報道によって、草野マサムネさんが体調を崩されました。情報によると、”急性ストレス障害”であったそうです。
”急性ストレス障害”とは、人の生き死になどに関わる、大きな出来事を目の当たりにして(例えそれが、自分に直接関わったものではなくても)、それが一種のトラウマとなって、心が不安定になってしまう心因性の症状、ということらしいです。何ていうか、アーティストだったり、芸術家だったり、そういう想像力が豊かな人が陥りやすい症状だということを、どこかで聞いたことがあります。いわゆる、”感受性”が強い人ですかね…他人の悲しみも、自分のことのように感じてしまう傾向が特に強いということも、原因のひとつだとされているようです。
(これは余談ですが、草野さんが倒れられたと知った日の夜中、僕はすごく気味の悪い夢を見て、目が覚めたんです…確か、戦争の夢だったと思います。それで、何だかとても具合が悪くて、とりあえず慌ててトイレに駆け込んだんですよ。そして、小一時間ほどでしょうか、トイレに籠って、上からも下からもリバースを繰り返した、という謎の事件がありました。ただ、朝起きるとぴんぴんしていたので、普通に仕事に行きましたが…本当に謎の一夜でした。)
そういうことがあって、スピッツの活動が一時停止してしまいます。その当時行っていたツアーが一時中止になり、DVD『ソラトビデオCOMPLETE』の発売も延期されたりしました(こちらは、震災の影響で、一応自粛という形で)。ちなみに、『ソラトビデオCOMPLETE』とは、2011年3月でスピッツはメジャーデビュー20周年を迎えて、それを記念して同月に発売される予定だった、これまでの全ミュージックビデオを収録した映像作品です。発売延期後、1ヶ月後の4月に発売されました。
急性ストレス障害は一過性であるため、程なく草野さんの体調も回復して復帰されました、本当によかったですよ。
それから時が経ち、確か2012年の終わりか、2013年の初め頃だったと思います。スピッツが、2013年の発売を目標に、新しいアルバムのレコーディングに着手している、という嬉しい一報が届けられました。ちなみにこれは、アルバム『小さな生き物』のことですね。とにかく、”スピッツが活動している”という情報は、とても嬉しかったです。
そして、そのアルバムの発売に先立って、2013年5月15日に発売になったのが、両A面シングル『さらさら / 僕はきっと旅に出る』でした。前作『シロクマ / ビギナー』から時を経ること、実に2年8ヶ月後のことです。これほど、シングルの発売で時間が空いたのは、ここが最長なんじゃないですかね。
それで、確か【さらさら】のミュージックビデオが先に発表されたんだと記憶しています。本当に久しぶりに聴く新曲で、しかも震災後の初めてのシングル曲だということで、もちろん嬉しかったんですが、何か特別な気持ちで聴いた記憶があります。MVを見て、何ていうか”鎮魂歌”でも歌っているような、4人だけの厳かな演奏が印象に残りました。
そして、【僕はきっと旅に出る】の方は、JTB(旅行会社)のCMソングに選ばれました。僕がこの曲を初めて聴いたのは、このCMでだったと思います。テレビで流れているのを聴いて、CMの雰囲気とも相まって、明るい曲だなって思ったのが最初の印象でした。
しかしながら、作品を実際に手に入れて、フルでこの曲を何度も聴いて、歌詞も読んだりしていく中で、「明るい曲だな」という単純な印象は変わっていって、色んな大切なメッセージを受け取ることになるのです。
■まず、やはり先述の震災に影響されたであろうことを、この曲から強く感じました。スピッツメンバーは、そこまで気にしていない、気にしないようにしているとは思いますが…でも、無理もないですよね、影響していない、ということの方が不自然のような気もします。
まぁ、あまり震災が…震災だ…と言い過ぎるのも、ましてや僕自身が言うことは、ふさわしくないことかもしれませんが、自分なりに感じ取ったことを書かせてもらいます。
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笑えない日々のはじっこで
普通の世界が怖くて
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朝の陽射しを避けながら
裏道選んで歩いたり
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どっちもAメロの歌詞ですが、何か、何とも言えない気分になりますよね、何となく、分かった気分にはなっちゃいますけどね。
前者は、”普通の世界が怖くて”ですからね。あくまで、”普通”なんですね、この”普通”という言葉には色々込められていると思いますが…とりあえず、地震の揺れが収まったということ、それによって、世の中の大混乱は一先ず収まった、ということなど…。でも、被災者からしてみれば、トラウマが残り、まだ悲しみが続いている、という状況でもあったりします。というより、これまでの”普通”という概念も、根本的に覆されるような出来事でしたからね。
あと、これは全く個人的に感じたことですが、例えば、"あれだけ多くの人が亡くなったのに、なんでそんなに普通で居られるんだよ"と思った人も居たかもしれません。自分の関係者を亡くした人は、そんな"普通の世界"から取り残されたように感じたかもしれません。
僕自身は、震災とは関係ないですが、父親を亡くした高校生の時に、そういうことを考えたことがありました。回りと何か温度差を感じたというか、何かこいつら呑気だなとか思っちゃって…全然、友達は悪くないですよ、むしろ、変に気遣うことなく接してくれましたが…何かそこから離れてたい、と思って、少し距離を置いた時期がありました。
後者からも、色んなことを感じます。僕が思い浮かべたのは、”自粛”という言葉です。何ていうか、あの時はそういうことも色々と話題になったりしましたね、あんな大きな災害がありながら、自分だけ楽しいことをしていていいのだろうか、と。僕の友人にも、結婚式を控えていた子がいて、このまま結婚式を挙げていいのだろうか、と悩んでいたのを聞いたりしました。
太陽の光に当たることすら、申し訳ないと思うような状況…もちろん比喩的な表現でしょうけど、何となく素直に物事を楽しめないような、誰もがお互いに探り探り生きているような、そんな生活を思い浮かべます。
◼上述のような、悲しい状況にありながら、それでもサビなどでは、少しずつ希望を見出だすことができます。
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僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど
未知の歌や匂いや 不思議な景色探しに
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僕はきっと旅に出る 今はまだ難しいけど
初夏の虫のように 刹那の命はずませ
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”僕はきっと旅に出る”という言葉も出てきていますが、この辺りからは、”復興”というものを想像します。
何も、”旅”というのは、遠くに行くことだけを表すものではありません。元通りの生活に戻ること自体が、あの出来事の後にとっては、”旅”であったような気がします。ここで言う"元通り"とは、街を元の景色に戻すことと同時に、精神的な部分の"元通り"も含めています。
そして、この歌で重要なのは、しっかりと”今はまだ難しいけど”と歌われているところだと思います。僕は、この辺りの歌詞が、本当にすごいなぁって思ったんです。そうなんですよね、”今すぐに”ではないんです。
この曲が発表された頃のラジオで、草野さん自身がこの曲について、「旅にまだ出られない状況の歌、でも旅に出たいなぁっていう、そういうときの心境の歌」と語っていました。震災に対して、あの頃はたくさんの復興ソングが作られていたであろう中、この辺りが、スピッツらしい応援の仕方だという感じがします。もちろん、「頑張れ!」という気持ちを込めて歌ってはいるのでしょうが、あくまで押しつけがましく歌うのではなくて、復興に向けて、時間がかかっても、悲しい状況から抜け出せるようにと、優しく歌っているのだと思いました。
■あとは、個人的にとても印象に残った歌詞として、Cメロの歌詞を紹介しておきます。スピッツの全曲の中でも、僕の中では一番印象に残る詩かも知れません。それはこんな歌詞です。
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きらめいた街の 境目にある
廃墟の中から外を眺めてた
神様じゃなく たまたまじゃなく
はばたくことを許されたら
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うーん…なかなかうまく語れませんけど、色々と考えさせられる4行だと思います。ここの歌詞を読んで、草野さんは本当にすごいなぁって、つくづく思いました。
ここからも、”今はまだ難しいけど”という言葉が見え隠れしています。”廃墟”という言葉は、文字通りに”崩れた建物”とも考えることができますが、きっと精神的な部分も表しているのだと思います。つまり、まだ前に進むことができない、取り残されてしまっている、という状況です。そこから、”きらめいた街”を眺めることしかできずに、いつか自分もまたその場所へと行けるように、と願っている様子が見て取れます。
■ということで、ここまで震災の話を中心にしてきましたが、この曲は、自分にとって個人的にも思い入れが深くて、本当に大きな力をもらった曲なんです。
ここからは、また個人的な話になりますが、まず、遡ること、2012年の春…僕はそれまでしていた仕事を辞めたんです。まぁ今時、あまり珍しい話ではないですけどね。
辞めた理由はいくつかありましたが、次にやりたいこと・就きたい仕事は決めて辞めたので、すぐにそれに向かって動き出しました。具体的には、あまり話すことができませんが、それから約2年間は定職には就かずに、学校に通ったり、関係しているアルバイトをしてみたり、独学で勉強したり…もちろん、遊んだりもしました、笑。
周りの友人たちは皆、もうすっかり結婚して子どもが居たり、そうでなくても仕事でバリバリ頑張っている状況で、その一方で自分は、独り身で、しかも仕事を辞めて、今更新しい仕事に就くために勉強してる状況だったわけですからね、多少の…いや、相当なうしろめたさは感じていました。
それでも、この曲を聴いては、「今は、いつか旅に出る為の準備期間だ!」と自分を正当化しながら…半ば思い込ませながら、独りで頑張っていたのを思い出します。まぁ…今の自分も、その頃からはあまり変われてないですけどね…臨んだ仕事は”一応は”できているという状況にはなりましたが、相変わらず今の僕も、”いつかきっと旅に出る”状態だと思っています、笑。
■僕は、歌を聴いて”泣いた(涙を流した)”ことって、これまで生きてきて、ほとんどないんですよ。かなり特殊な状況で、片手で数えられるくらいしかありません。泣きそうになるくらい、感動することはたくさんあっても、一線は越えないんですよ。
そこへきて、この【僕はきっと旅に出る】という曲ですが…泣きましたねー、これは誇張表現ではなくてです。何回か聴いていて、まさに、先述したCメロを聴いた時でした、無意識に頬を涙が伝っていたのです。
何ていうか、自分の状況に対して、これほどまでに寄り添ってくれる歌があるのかと…これは誰もが経験あるとは思いますが、まるで自分のために歌ってくれていると錯覚するほど、自分の気持ちとスピッツの歌がシンクロしたように思えたんです。(もちろん、先述しましたが、震災のことも思い出していました。)
■これも先ほど少し書きましたが、”旅”と大きく括っても、その意味合いは人それぞれだと思っています。そして、”旅”に出たくても出られない状況にある人って、世の中にたくさん居るとも思っています。
学校に行くことができない子にとっては、学校に通うこと自体が大きな”旅”になってしまっています。
それどころか、部屋を出られなくなった人にとっては、外に出ること自体がもう”旅”だと思います。
仕事に就けない人は、仕事を見つけること自体が”旅”の目的でしょうし、じゃあ仕事に就けば”旅”は終わりか、と言われても、決してそうでもなくて、仕事に就いてからも、やっぱり”旅”は続くわけです。
病気や障害を抱えて、それが”旅”に出ることを困難にさせているケースだってあるでしょう。
かと言って、一見すると順調に生きているように見える人でも、何かしらを抱えていて、いつか”旅”に出たい、自分を変えたい、何かに挑戦してみたい、などと思っているかもしれません。
そうやって、誰しもが自分なりの”旅”に出たいと、あるいは、自分の”旅”に何かを見出したいと思っているのかもしれません。他人には、そんなことができないの?できなかったの?と思われる、ほんの些細なことだとしてもです。
しかしながら、それがすぐに叶うとは限りません。勇気が足りなかったり、準備が整っていなかったり、根本的に何か出来ない理由があったりするかもしれません。
それでも、いつかきっと!って思いながら、誰もが過ごしたりしているわけです。すぐに行動には移せなくても、思っていることは、間違いなく本当なんですよね。
■そういうことを踏まえて、改めてこの歌を聴いてみると、先ほども紹介しましたが、こんな風に歌われています。
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僕はきっと旅に出る
今はまだ難しいけど
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重ね重ね言いますけど、”今はまだ難しい”んですよね。それをちゃんと踏まえてくれているのは、本当に草野さんのすごさ、優しさだと思います。
2番のサビに入る前に、"でもね 分かってる "という歌詞がありますが、ここも、たったこれだけの短いフレーズが、本当に深い意味を持っていると感じます。今すぐには旅には出られないけど、でもいつかまた旅に出たい…と、そういう状況にある人に寄り添ってくれているような気がします。
そして、一人忘れていますね、この歌の向かう先には、草野さん自身も、きっと居るのだと思います。草野さん自身が、震災以後のラジオや映像で、「音楽をやることの意味を考えさせられた、意味があるのだろうか」と語ると同時に、「音楽ができることの幸せを感じている」とも語っていました。
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星のない空見上げて
溢れそうな星を描く
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こういう歌詞が出てきますが、この部分は、最後にこんな風に変わっていきます。
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小さな雲の隙間に
ひとつだけ星が光る
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実際に見えたのか、または、これも想像であるのか…とにかく、それがいつの日か、
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愚かだろうか?
想像じゃなくなるそん時まで
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”その時まで”じゃなくて、”そん時まで”という響きも、何か好きなんですけどね。自分の思っていることが、いつか”本当”になるその時まで、希望を持って頑張っていこう、という草野さんの想いが込められた、強くて優しい応援歌だと思います。
僕の方こそ、この歌に「ありがとう」を言いたいのです。
僕はきっと旅に出る LIVE映像(short ver.)