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220時限目:グリーン

【グリーン】

 

グリーン

グリーン

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■アルバム『醒めない』の6曲目に収録されている曲です。

 

前回紹介した【ナサケモノ】や、同アルバム曲ですと【子グマ!子グマ!】などと同じような、ノリノリなアッパーチューンになっています。雑誌やラジオなどで、”明るいアルバム”という風にこのアルバムを語っていましたが、まさにこの曲はその形容通りの曲ですよね。

 


■さて、もう何度も語っていますが、MUSICAのインタビューなどによると、アルバム『醒めない』に草野さんが込めた想いは、「死と再生」というものでした。そして、コンセプトアルバムとして、『醒めない』というアルバム一枚で、一貫した物語を作ろうと試みました。

 


草野「(前略)そういう一貫したストーリーがあるアルバムをつくったら面白いんじゃないかってなんとなく思って。……結果的にそこまでにはなっていないんですけど、再生の物語みたいなものを匂わせるコンセプトで作ってもいいかもって思ったところがありましたね」

 


そういうことも踏まえて聴いてみたときに、ここまで(5曲目の【ナサケモノ】まで)のアルバム『醒めない』の収録曲には、別れの歌が多かったというイメージを抱きます。

 

【醒めない】は、まぁ本の表表紙というか、ストーリーとは少し切り離して、スピッツの想いを歌っているような曲なのですが、続く【みなと】、【子グマ!子グマ!】、【コメット】、【ナサケモノ】は、曲調は明るいものもありますが、居なくなった人のことを想っているような歌だったり、大切な人の旅立ちに際して、寂しい気持ちはあるけれど、その人を応援するような曲になっています。

 

そこへきて、この【グリーン】にたどり着くわけですが、この曲でまた、アルバムの雰囲気がガラッと変わります。

 


■個人的に、この歌を聴いた時に、まず思い描いたのは、”震災からの復興”というものでした。アルバム『小さな生き物』を経て、アルバム『醒めない』にも、形は変わっていても、震災に対する想いが込められているようです。

 

草野さんがアルバムに込めた想いは、先述の通り「死と再生」というものでした。”死”とは、まぁ人によって”死”に対する記憶は様々あるかと思いますが、この場合は、震災によって亡くなった方々はもちろん、残された人の悲しみや、崩壊した街の姿などを表してると考えられます。

 

そして、それに対する”再生”ということで、震災により傷ついた街の再建や、悲しみを負った人々がもう一度立ち上がっていくことなどに繋がっていくと思います。

 



どん底から見上げた 青い空とか
砂漠で味わった 甘い水とか

 


今芽吹いたばっかの種 はじめて見たグリーンだ
憧れに届きそうなんだ 情念が
あふれているよ あふれているよ

 

それぞれ、出だしの歌詞と、サビの歌詞を取り上げました。

 

前者には、”どん底”や”砂漠”といった、辛く苦しかった体験を表わしているような言葉が出てきています。それに対して、”どん底”には”青い空”という言葉が、”砂漠”には”甘い水”という言葉が、それぞれにかかっていますが、そんな辛く苦しい状況の中でも、少しずつ希望を見出していったことを読み取ることができます。

 

後者にも、”今芽吹いたばっかの種”という言葉が出てきますが、これも少しずつ芽生えはじめた希望を表していると読み取れます。

 


そして、それらを象徴して、タイトルにもなっている”グリーン”という言葉が使われているという感じですね。”グリーン / green”とは、いわずもがな、色としての緑色という意味があり、そこから、草が茂っている様子や、人を形容する言葉として、若々しい、未熟な、などという意味もあります。

 

総じて”グリーン”という言葉には、若々しくてフレッシュなイメージを受けます。歌詞にも”芽吹いた”という言葉が出てきていますが、そのまま”希望の芽生え”とでも訳すことができるのではないでしょうか。荒廃した大地で、瓦礫の隙間から、小さな芽が出て、精一杯光を浴びて生きようとしている姿が思い浮かびます。

 


■他にも、印象に残った歌詞が出てきます。

 


コピペで作られた 流行りの愛の歌
お約束の上だけで 楽しめる遊戯
唾吐いて みんなが大好きだったもの 好きになれなかった
可哀想かい?

 

2番のAメロの歌詞ですが、こんなにあからさまな表現は珍しいような気がしますが、どうでしょうか。

 

流行はするものの、量産されるだけで、みな同じように聴こえる愛の歌。本来は自由であるはずが、色んなものに縛られ、何だかヤラセのように見える今時の遊戯。そういうものに対する皮肉とも、警鐘とも読み取れます。

 

この部分は、僕らの想いに当てはめてもよさそうですが、他でもない、作者である草野さん・スピッツの想いであると考えられます。

 


僕が言うのもなんですが、震災があって、草野さんは、自分が音楽をする意味を見失ってしまいました。あくまで想像ですが、そういうときには、ちまたに溢れている流行の歌が、どこか嘘っぽく聴こえたかもしれません。

 

また、そうでなくても、ひねくれ者(?)の草野さんです、流行ものを歌に取り入れることを、カッコ悪いこと・恥ずかしいことと捉えていた節があります。

 

例えば、ベストアルバムブームへのアンチテーゼとしてスペシャルアルバムを作ったり、古くは【裸のままで】で”愛してる”という言葉を歌詞に使うことにも抵抗があったようですし、歌詞に英語を使うことも”踏み絵”と言っていたほど抵抗を示していました、笑。

 


そういうことを踏まえ、続く歌詞を読んでみると、こんな感じです。

 


でも悩みの時代を経て 久しぶりの自由だ
ときめきに溺れそうなんだ 最速で
どこでも行くよ

 

何ていうか、そういうモヤモヤした気分が晴れて、ふっ切れた感じですかね。時代が変わったっていうより、考え方が変わったっていう感じですね。スピッツスピッツなんだと、自分たちは自分たちなんだと、結局はそういう答えに行き着いたということでしょうか。

 


■あとは、これまでの解釈とは別に、スピッツお得意の、恋愛の芽生えを描いた歌詞と読み取ることができます。先程も紹介しましたが、

 


今芽吹いたばっかの種 はじめて見たグリーンだ
憧れに届きそうなんだ 情念が 脳内の 火焔土器
あふれているよ あふれているよ

 

最後の歌詞を載せてみました。”情念”は、抑えることができない感情のゆらぎを表す言葉であるそうです。喜怒哀楽や、愛欲などの強い気持ちを表しているようですが、これをそのまま”君への恋心”と訳してみるとどうでしょうか。

 

なぜ”火焔土器”であるかは不明としても(燃えるような熱い想いを比喩しているのか?)、君と出会ったことで、自分の中に恋が芽生え、その想いがどんどん膨れ上がっていって、溢れているという意味にも捉えることができます。

 

このような解釈にすると、”グリーン”という言葉には、”恋心の芽生え”の象徴という意味を当てはめることができそうです。”はじめて見た”という言葉がくっついているので、もしかしたら”初恋”を表わしているかもしれませんね。