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228時限目:歌ウサギ

【歌ウサギ】

 

歌ウサギ

歌ウサギ

  • provided courtesy of iTunes

 

■シングルコレクション『CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection』に収録されている曲です。

 

スピッツはこれまですでに、2枚のシングルコレクション、それぞれ『CYCLE HIT 1991-1997 Spitz Complete Single Collection』と『CYCLE HIT 1997-2005 Spitz Complete Single Collection』を発表していますが、結成30周年の記念日である、2017年7月17日を間近に控え、その続きとなるシングルコレクション『CYCLE HIT 2006-2017 Spitz Complete Single Collection』を発表しました。

 

新しいシングルコレクションには、これまでのシングル曲に加えて、新曲が3曲収録されているのですが、【歌ウサギ】はその内の1曲です。ちなみに、ここでいう3曲とは、【ヘビーメロウ】と【1987→】(すでに両曲とも、記事にしていますので、興味がありましたら読んでみてください)、そして、今回の【歌ウサギ】です。

 


■僕の記憶が確かならば、新曲3曲の中で、フルで公開になったのが、この【歌ウサギ】が最後だったような気がします。

 

【歌ウサギ】は、映画「先生! 、、、好きになってもいいですか?」の主題歌に選ばれました。なので、さわりと言うか、一部分だけは映画の情報解禁に合わせて聴くことができたのですが、【歌ウサギ】が収録されたシングルコレクションが発売になるまで、フルでは聴けなかった唯一の新曲だったと記憶しています。

 

シングルコレクションが発売になったのは2008年7月5日のことでしたが、映画の公開日が同年の10月28日のことだったので、曲の公開を極力避けていたのが、この曲のフル公開が最後になった理由だったのかな、と想像しています。

 

ちなみに、曲のMVにしても、【ヘビーメロウ】と【1987→】にはあるのですが、【歌ウサギ】には実質のMVはなく、映画が公開になった頃に合わせて、映画の風景とのコラボ的な形でショートムービーが公開になりました。映画に主演なさっている広瀬すずさんが出ています…かわいい。

 

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■この【歌ウサギ】を、最初にテレビでさわりのAメロを聴いた時に(と言うより今でも)、個人的に思ったのが「さだまさしっぽい!」でした笑。

 

聴いていただいたら分かると思うのですが、1番のAメロは草野さんの弾き語りで始まります。そこが、抑揚がない感じ…と言うか、ほぼ一音階でボーカルが続いていくので、”歌っている”というよりは、優しく”語りかけている”ように聴こえて、そこが”さだまさしっぽいな”って思ったんです。

 

その辺りを最初に聴いて、穏やかな曲かなと一旦思うんですけど、フルで聴くと、がらりとイメージが変わりましたね。最初は、”今歌うのさ…”の部分くらいまでしか聴けなくて、そこがサビかなとか思ったのですが、大サビ(と言った方が良いかな)があって、”何かを探して…”のところで、どんどん曲が盛り上がっていって、もちろんバラードには違いないんだろうけど、最初抱いた穏やかなイメージは払拭されていきました。

 

Aメロ→サビ→大サビという風に、徐々に曲の雰囲気が変わっていくのが、何ていうか、1曲で何度も得した気分になります。

 


ちなみに、シングルコレクションが発売になって間もない頃の3050LIVEで、この曲を聴くことが出来たんです。この曲はアンコールだったんですが、その一曲目でしたね。「じゃあ、ここで新曲を」と言って、草野さんが歌い始めたのが、【歌ウサギ】でした。

 

その時に、イントロが始まるや否や、自分の席の斜め後ろくらいに居られた(おそらく)おばちゃんが、「ひぇ…!」って息を呑むのが聞こえた瞬間がありました。きっと、この曲を楽しみにしていたんでしょうね。

 

先述の感想通り、出だしの弾き語りがとてもきれいで、そこからどんどん盛り上がっていく曲の雰囲気に、徐々に気持ちが高まっていき、ゾクゾクが止まりませんでした。

 


■さて、いつものことながら、珍しいタイトル”歌ウサギ”です。

 

スピッツの曲には、もう何度も紹介してきましたが、たくさんの動物・植物が登場します。例えば、この歌のタイトルにもなっている”ウサギ”もそうですよね。

 

【歌ウサギ】を初め、タイトルからでも、【ウサギのバイク】、【バニーガール】(バニー/bunnyで、ウサギの意味)、あと【田舎の生活】の歌詞にも、野うさぎが出てきます。すぐ思いつくのは、これくらいですが、他にもあるような…?

 


ところで、”ウサギ”と聞くと、どういう生き物が想像できますかね?赤い目と長い耳が特徴的で、ピョンピョンと跳ねる姿がかわいらしい生き物でしょうか。

 

それから、寂しいと死んでしまう生き物…これは嘘だそうですね。ウサギは、敵から自分の身を守るために、弱み(弱点)を見せないように、本能的に自分の体の不調を隠して平静を装うんだそうです。だから、傍らに誰かが居る時は元気なのに、放置していると死んでいる、ということが起こり、それが”寂しいと死んでしまう”に繋がったという説があるようです。

 

あとは、ウサギは自分の糞を食べる習性を持っているらしいですね。何でも、ウサギは、食べた物から体内に栄養素を上手に吸収することができないそうで、一旦体内で吸収しやすいように発酵させて、糞として排出したものを、再び食すのだそうです。

 


■さて、この歌がどんな歌であるのかを、具体的に想像しやすい部分としては、冒頭と末尾に同じように出てくる、ここの歌詞かと思います。

 


こんな気持ちを抱えたまんまでも何故か僕たちは
ウサギみたいに弾んで
例外ばっかの道で不安げに固まった夜が
鮮やかに明けそうで

 

まず、前半2行。”こんな気持ち”とは、どういう気持ちなんでしょうか。続きを読むと、”こんな気持ちを抱えたまんま…ウサギみたいに弾んで”と繋がっています。

 

”ウサギみたいに弾む”というのが、そんなに暗い感じはしない表現なので、それとの対比を考えると、”こんな気持ち”というのは、どこかマイナスなイメージを思い浮かべます。

 

例えば、ここで出てくる”僕たち”の、2人のうちのどちらか、あるいは、2人ともに、約束した相手(恋人や妻・夫)や、守らなければならない生活(結婚しているなら結婚生活とか)があって、それらに後ろめたい想いを感じていると…そういう気持ちを、”こんな気持ち”と表現しているのだと考えられるかもしれません。

 

もっと具体的に考えてみると、主題歌になった、映画「先生! 、、、好きになってもいいですか?」の物語の大筋が、”教師と生徒の恋愛”というものなので、否応なく”映画の物語”と”歌の内容”を関連付けて考えてしまいます。つまり、”こんな気持ち”に、自分たちが教師と生徒という関係であることに対して、後ろめたい気持ちを感じているということを、当てはめてみるとどうでしょうか。

 

”ウサギみたいに弾む”は、ただ単に、恋愛に浮かれている様子を表しているのかもしれませんし、ベッドの上で弾んでいると想像すれば、SEX中の描写とも考えられるかもしれません。

 


後半2行。”例外ばっかの道”も、まぁいわゆる、普通の形の恋愛ではなく、イレギュラーなものであることを表わしていると考えられます。

 

で、そういう状況から、いつかボロが出るかもしれない、という不安を感じながらも、2人で過ごすことで、一時的なものかもしれないけれど、その不安な夜も明けていくような気持ちになったということですかね。

 


■色々な想像ができるとは思うのですが、大筋の解釈としては、一筋縄ではいかない恋愛の渦中にいる2人を歌っていると考えています。

 

それを踏まえて、歌詞をもう少し読んでみます。

 



今歌うのさ ひどく不様だけど
輝いたのは 清々しい堕落 君と繋いだから

 


今歌うのさ フタが閉まらなくて
溢れそうだよ タマシイ色の水 君と海になる

 

サビの部分の歌詞ですが、共通して”今歌うのさ”という表現で始まっています。そもそも、曲のタイトルが、ただのウサギではなく、”歌ウサギ”なので、それに何らか関係していると思われます。

 

ここの”歌う”の意味として、まず素直に考えてみると、後者の表現から、溢れそうになっている気持ちをそのままに、言葉通り捉えて、”歌っている”と考えられるかもしれません。こう考えると、いかにもボーカルである草野さんらしい表現であると考えられます。

 

あるいは、歌う、という言葉が何かに置き換えれらている、と考えることもできそうです。単に、溢れそうな感情を、相手に(お互いに)ぶつけているとも考えられるかもしれませんし、先程のSEX云々の解釈につなげるならば、そういう行為中の声と考えられるかもしれません。(要は、”あえぎ声”…)

 

ただし、ここにも、”ひどく不様”だとか”清々しい堕落”だとかいう言葉があり、先述したような、一筋縄ではいかない2人を示していると考えられます。

 

”タマシイ色の水 君と海になる”という言葉も、すごい表現ですよね。思い出すのは、【フェイクファー】という曲に、”偽りの海に身体委ねて 恋のよろこびにあふれてる”という表現がありましたが、何ていうか、性的なイメージもわいてくるのですが、愛し合う2人が混ざり合って一つになるような、そういうイメージを”海になる”と表現していると考えられます。

 



「何かを探して何処かへ行こう」とか
そんなどうでもいい歌ではなく
君の耳たぶに触れた感動だけを歌い続ける

 

大サビの歌詞を載せてみましたが、ここの表現もすごいですよね。

 

ちなみに、ここの歌詞にはちょっとしたエピソードがあって、2018年現在放送中のラジオ番組「SPITZ 草野マサムネのロック大陸漫遊記」にて、草野さんが少し語っていました。ただ、僕自身うろ覚えであったし、録音したはずのラジオ音源を紛失してしまったので、少し調べてみたところ、どうやら2018年9月2日の番組内で語っていたようです。

 


どういう話かというと、【青い車】という往年のスピッツの名曲があるのですが、その【青い車】の中に、”おいてきた何かを見に行こう もう何も恐れないよ”という歌詞があります。ここの歌詞が、”何か”・”何も”という風に、”何”という言葉が続くのが、よく分からないことを歌っているなぁ、と反省したんだそうです。

 

その結果、【歌ウサギ】の”「何かを探して何処かへ行こう」とか そんなどうでもいい歌ではなく”という歌詞に繋がったんだそうです。

 


とは言え、両曲のつながりは、それ以外はあんまり感じないので、それぞれで聴けばいいと思います。

 

ここの”君の耳たぶに触れた感動だけを歌い続ける”なんて、素敵なフレーズじゃないですか。何ていうか、想いを寄せる相手にちょっとだけ触れて、ドキドキしたような、そういう小さな頃の甘酸っぱい初恋のような、そういう気持ちをずっと持ち続けているということですかね。

 

ただ、大元に帰れば、”一筋縄でいかない恋愛”からのここの表現ですからね。不倫であれ、浮気であれ、教師と生徒間であれ…どんな形であれ、人を愛することは純粋なものなんだよと、そういう解釈に最終的には行き着くんですかね。

 

そもそも、人をウサギに例えているわけですからね、先程のウサギの動物的特徴を、そのまま人に当てはめることもできそうです。

 

人は寂しいと生きていけない(はずだ)から、誰かを拠り所に生きていくとか、過去や思い出を(嫌なものならなおのこと)消化できたように思えて、いつまでも根に持ってたり、うんたらかんたら…

 

…なんか、人間とウサギって、似ているかもしれない?