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集中講義:草野正宗 ~詩の世界への招待~ 第22回

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負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を
抱きしめて ぬくもりを分けた 小さな星のすみっこ

 

 

■アルバム『小さな生き物』に収録されている、表題曲の【小さな生き物】の歌詞です。

 

アルバム『小さな生き物』が発売になったのは2013年のことでした。2011年に東日本大震災が起こり、まだその衝撃と悲しみが色濃く残り、それでも復興へ向かっていく、まさにその真っ只中に発表されたアルバムでした。

 

その表題曲【小さな生き物】ですが、この曲には、やはりこの時期だからこそ歌わなければならなかった大切な言葉が詰め込まれています。タイトルチューン通り、このアルバムをまとめている…何ていうか、本で言うところの、内容をまとめている”あらすじ”のような歌だという印象です。

 


■これまで草野さんが書いてきた詩を読み返してみても、本当にたくさんの生き物の名前が出てきますよね。それは、草野さんの中に、全ての命を、あるいはそれらの”死”を含めて、生き物を尊ぶ気持ちがあるからなのでしょう。

 

もちろんアルバム『小さな生き物』の楽曲にも、そのアルバムタイトル通り、たくさんの生き物が出てきますが、おそらく歌詞の中で、具体的な生き物の名前が出てくる場合は、何か別の物や人を例えるものとして用いているのだと思います。

 

そこへきて、表題曲の【小さな生き物】なのですが、この曲の歌詞には、具体的な生き物の名前は出てきません。ただ終始出てくるのは、”生き物”という言葉だけなのです。

 

この時期にこの曲を発表したことだったり、タイトル”小さな生き物”について考えてみても、この”生き物”という言葉は、何か特定の”生き物”を指しているのではなく、その言葉通り、”生き物”全体のことを指しているのだと思っています。まぁあえて言うならば、この歌における”生き物”とは、我々”人間”を指しているのかなとも感じますが、個人的には、広い意味で普遍的に”生き物”全体を指しているという印象です。

 


■紹介している歌詞は、【小さな生き物】の出だしの歌詞です。イントロもなく、いきなり始まります。

 


負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を
抱きしめて ぬくもりを分けた 小さな星のすみっこ

 

表題曲なので、やはりこの時期に一番歌いたかったこと・歌うべきことが詰まっているのだろうと思いますが、その中でも、この出だしの部分の歌詞に全てが凝縮して、まとめられていると感じます。

 

前半部分、”負けないよ 僕は生き物で 守りたい生き物を”という表現についてですが、最初は少し日本語として違和感を感じた部分でもありました。具体的には、”生き物”という言葉が被っているような感じがして、すんなりと読めなかったんです。

 

ただ、ゆっくりこの歌詞を読んでいくと、その”生き物”という言葉が被っているところこそ、一番重要な部分なんだなと思うようになりました。

 

要は、”守る方”も”守られる方”も、同じ”生き物”なのだと、そういうことを歌っているんですよね。救ったつもりが、実は自分が救われたような気持ちになったり、何か落ち込んでいる他者に声を掛けるときだって、実は自分が言われたいような言葉を選んでいて、そういう言葉を言っている自分自身に言い聞かせていたり…これは、全く以って、個人的な経験ですが…そういうことってあると思うんです。

 

特に、当時はみんなが、助け合わないと、手を取り合わないとって、思っていたはずです。そういうことを、スピッツが代弁してくれているのが、まさにここの歌詞だなと思ったんです。

 


■そして後半部分、”抱きしめて ぬくもりを分けた 小さな星のすみっこ”へと続いていくのですが、僕はこの部分を読んで、いつも対比して思い出すのが、この集中講義の第1回でも取り上げました、【ロビンソン】の歌詞なんです。

 


片隅に捨てられて 呼吸をやめない猫も
どこか似ている 抱き上げて 無理やりに頬よせるよ

 

【ロビンソン】には、こういう歌詞が出てくるのですが、両曲の解釈としては全く違うことを思うのですが、ここの部分だけを比べると、何となく同じようなことを思うわけです。

 

先述のことと繋がるんですけど、生きているからこそ、また同じように生きている生命を尊く思う気持ちを持つのだと思います。それから、弱っている生き物を見かけると、何となく自分の気持ちも弱ってしまうとか、そういうのを経験すると、やっぱり命って繋がっているんだなって思いますよね。

 


■それから、何と言っても個人的に一番印象に残るのは、出だしの”負けないよ”という言葉です。

 

この集中講義では紹介する予定のない歌ですけど、アルバム『三日月ロック』に入っています【けもの道】では、”諦めないで”という言葉を使って、人々を励まそうとしましたが、あのアルバムにしたって、アメリ同時多発テロの影響を受けた作品でありました。

 

失礼なことを言うかもしれませんが、”負けないで”や”諦めないで”など、こういう真っ直ぐで分かりやすい応援の言葉を、草野さんは好んで使うようなことはあんまりなかったな、という印象があったんです。

 

だからこそ、こういう言葉で始まっている【小さな生き物】には、やっぱり並々ならぬ特別な想いが詰め込まれているんだなと感じます。