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223時限目:モニャモニャ

【モニャモニャ】

 

モニャモニャ

モニャモニャ

  • provided courtesy of iTunes

 

■アルバム『醒めない』の9曲目に収録されている曲です。

 

割と明るい曲が続いてきた中、この【モニャモニャ】はバラードになっていて、アルバムの明るいテンションが、一旦ここで少し落ち着きます。静かな演奏の中、草野さんのボーカルが引き立っていて、存分に楽しめる曲になっています。

 

映像作品『SPITZ JAMBOREE TOUR 2016 “醒 め な い”』のLIVE映像では、三輪さんが12弦ギターを弾いていたり、崎山さんもブラシでドラムを叩いていたり、クージーのグロッケンの音が聴こえてきたりと(ただし、キーボードで音を作っている)、落ち着いた雰囲気を演出しています。

 


■さて。

 

何はともかく、このタイトルですよね笑。”モニャモニャ”って何よ?ふざけてるのか?笑、と一旦は思うのですが、でもまぁ、スピッツはいつだってこんな調子だったし、こういう変な言葉こそ、色々想像する余地があって面白いと思うのです。

 


ということで、この”モニャモニャ”の意味ですが、ずばり、アルバム『醒めない』のジャケットに写っている、正体不明の生き物の名前なんだそうです。犬のようにもウサギのようにも見える、個人的には「ネバーエンディングストーリー」に出てくる聖獣ファルコンを思わせる、大きくて角の生えた生き物のことですね。

 

そして、この”モニャモニャ”についても設定があるようで、MUSICAのインタビューにお話が載っていたので、ちょっと紹介しておきます。

 


草野さん「…一緒に写っている人とモニャモニャとの物語みたいなのが自分のイメージとしてあったんです。だから曲によって、この人が歌ってる曲、モニャモニャが歌ってる曲っていうふうに視点を変えようって最初は思ったんです。実際そうやって聴いてもらえると、『これはモニャモニャの視点かな?』『これは私の視点かな?』って思うと思うんですけど」

 


草野さん「…このジャケットのモニャモニャとこの子は小さい時から一緒にいて、その頃はこの子に抱かれるくらい小っちゃかったモニャモニャがこんなにデカくなっても、こうやって一緒に『醒めない』でいられるっていう」

 

ということなんだそうです。

 


■このアルバムのタイトルであり、1曲目に入っている表題曲のタイトルにもなっている”醒めない”という言葉について、スピッツが込めた想いはつまり、「いつまで経っても”醒めない”ロックに対する自分たちの想いや情熱」というものでした。

 

バンドの結成30周年を間近に控えていたことや、未だ東日本大震災との関連を形を変えながら引き継ぎつつ、コンセプトとして、「死と再生」の物語をアルバム1枚で表現しようとしたことも踏まえて、自分たちの活動を振り返りつつ、”醒めない”という気持ちを新たにしたのだと、個人的に想像しています。

 

その”醒めない”という気持ちを具現化させたものが、つまり”モニャモニャ”であるということなんです。

 


草野さんのインタビューの中に、”この子に抱かれるくらい小っちゃかったモニャモニャがこんなにデカくなって…”という言葉がありますが、実際に、アルバムのジャケットの表表紙には、もうすっかりデカくなって、人の大きさを優に越えた姿のモニャモニャが写っていますが、裏表紙にはちゃんと、人の腕の中に抱かれている”子モニャモニャ”が写っています。

 

自分の腕の中に収まるほど小さかったモニャモニャが、自分の何倍もの大きさに育つまで、ずっと長いこと同じ時間を共にしてきた。苦しかったり悲しかったりした時は励ましてくれたり、逆に、一緒に居ることが嫌になったこともあった。それでも、いつだって心は繋がっていて、離れることはなかった。

 

こういうところは、スピッツのロックに対する想いに通じるものがあるのではないでしょうか。スピッツは長く長く活動を続けてきて、もう30年以上ですよ。僕自身がスピッツに出会ってからも、すでに23年くらい経っています。そういう、長く続けてきたバンドの物語を、モニャモニャが育っていく物語に投影させたのかもしれません。

 


■あと、”曲によって、この人が歌ってる曲、モニャモニャが歌ってる曲っていうふうに…”という言葉に関しては、確かに思いますよね。

 

例えば、この人(以下、”飼い主”)が歌っていると思える曲としては、【子グマ!子グマ!】なんかは、”クマ”という生き物の名前が使われているので、自然に”クマ”の物語を思い浮かべましたが、これもモニャモニャが巣立っていく場面で、飼い主が歌っているところを思い浮かべることもできます。

 

あるいは、まだ書いていませんが、最後の【こんにちは】に関しても、モニャモニャと再会を果たした飼い主が、その再会を喜んで歌っているような感じにも聴こえます。

 


逆に、モニャモニャが歌っていると思える曲に関しては、例えば、【ナサケモノ】なんかは、僕はペットが飼い主に対しての気持ちを歌っているという解釈も少ししましたが、そのペットとして、モニャモニャを当てはめてもいいかもしれません。

 

また、【グリーン】なんかも、今考えると、自由な世界へ解き放たれたモニャモニャが、その気持ちを高らかに歌っているのかもしれません。

 


■じゃあ、そこへ来て、【モニャモニャ】という歌はどういう歌かというと、これはもうダイレクトに、飼い主とモニャモニャの関係、過ごした時間などを歌っていると思われますが、歌詞を読んでみても、結構難しいんですよね、考えすぎでしょうか?



優しい眼で聞いている 僕には重要な言葉
感情は震えても 余裕なふりして隠し続けてた

 

例えば、出だしの歌詞なんですが、いきなりここの解釈に迷うんですよね。”僕”とは、モニャモニャではない方、つまりは飼い主の方を指していると思われるのですが、どういうことでしょうね?モニャモニャがまさかしゃべるとは思えませんが、ひょっとしたら第三者からの言葉かもしれません。

 

例えば、飼い主とモニャモニャが別れるきっかけになる、何か話があったのかもしれません。確か、草野さんが、アルバムのコンセプトを思いついたきっかけになった「くまの子ジャッキー」というアニメは、確かクマがサーカスに売られるとか何かで、飼い主とお別れになってしまうという展開があったと思いますが、そういうのもあるかもしれません。

 

とにかく、アルバムの中で、モニャモニャとの別れが、何らかの理由であったのだとしたら、そういう話が、僕とモニャモニャに言い渡された場面なのかもしれません。”優しい眼で聞いている”のは、事情をよく理解できないモニャモニャの方で、”余裕なふりして”感情を隠し続けているのは、”飼い主”なんですかね。

 



モニャモニャが一番の友達
なだらかな草原を走りたい
つまづくまで 燃え尽きるまで

 


やがて雨上がり 虹が出るかも 小窓覗こう
笑うことなど忘れかけてた 僕を弾ませる

 

この辺りは、別れることを知った後の描写なのでしょうか。飼い主、つまり”僕”にとって、モニャモニャは一番の友達であり、悲しいことがあっても、笑うことを思い出させてくれる存在なのだということを歌っているのだと思われます。

 


■なんか、モニャモニャモニャモニャ言い過ぎて、よく分からなくなってきそうですが、そういう曲名の陽気でふざけたような感じとは裏腹に、このアルバムのひとつの核を成している重要な曲だということですね。