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179時限目:水色の街

【水色の街】

 

■27作目のシングル曲で、シングル『ハネモノ』と2枚同時に、同じ日に発売されました。ちなみに、シングル『ハネモノ』が26作目のシングル、シングル『水色の街』が27作目のシングルという扱いになっています。どちらとも、アルバム『三日月ロック』に収録されました。

 

個人的ランキング、195曲中43位でした。そんなに明るい曲ではないんですけど、たまにすごく聴きたくなって、聴くといつも気持ちが落ち着くんです。個人的に、陽の【ハネモノ】、陰の【水色の街】という感じです。

 

wikiの情報を拾うと、この曲は、川崎の街(神奈川県川崎市のことだと思う)をモチーフに作られた歌であるとのことです。

 


■早速、曲の解釈に入りたいと思いますが…この曲に関しては、正しい正しくないは別として、とある解釈が割と定着しています。それについて、個人的な考えを踏まえつつ、大いに触れていきたいと思います。

 

ずばり最初に言っておくと、この歌の解釈としては、”(歌の)主人公が自殺してあの世にいる君に会いに行く”というのが広まっています。

 


まず、曲の始まりは、メジャーコードでギターの音だけがジャラーンと響き、それが寂しく、ちょっと不穏な雰囲気を連れてきます。

 

続く、出だしの歌詞は、

 


川を渡る 君が住む街へ
会いたくて今すぐ 跳びはねる心で
水色のあの街へ

 

となっていますが、単純にここだけ読むと、恋人がいる街へと川を渡って向かっている、という描写のように思えます。ずっと会いたいと思っていて、それがやっと叶うんだ、ということで、心はドキドキウキウキしていると、そういう感じですかね。

 


しかし、所々、そう単純に解釈が進まないような、ちょっと不穏なフレーズが出てきます。挙げてみますと、

 


会いたくて 今すぐ 間違えたステップで

 


会いたくて 今すぐ 泥まみれの靴で

 

この辺りでしょうか。

 


■前者の部分においては、”間違えたステップ”とはなんだろう、というところですよね。色々考えられると思います。

 

例えば、先述の通り、君に会えると思って、心がウキウキしていると。だから、何となく足取りが軽く、踊るように道を歩いている、まるでデタラメにステップを踏んでいるみたいに…と考えることができます。

 

ただ、やっぱり、”間違えた”がひっかかるんですよね。で、行き着くのが、道を外れて、通常は歩くことのないような道(場所)を歩く、という解釈になります。そして、この場合は、意図的に自分の意志で”間違えた”のだとしたら…と広げてみます。

 

そうして考えていって、そうか、この人物は、自ら”自分の生きてきた道”を外れようとしているのだ、という風に解釈が進んでいくわけです。つまり、生きていくことを正解だとして、死ぬことを選ぶのは間違い、ということになりますか…無理やりですかね、苦笑。

 


後者の部分においては、”泥まみれの靴で”というフレーズ…何で”泥だらけ”なの?とひっかかります…雨が降っている描写などもありませんしね。

 

そこで、随所に出てくる、”川を渡る”という言葉をもう一度考えてみます。通常だったら、”川を渡る”なんて言われれば、言葉が端折られていますが、橋を通って川を渡るとか、船に乗って川を渡るとか、そう考えると思うんですけど、ここの場合は、本当に歩いて川を渡ろうとしてるのではないか、と一旦考えてみます。

 

しかし、それは明らかに変だ、ということで、これを広げていくと、この人物は自分の意志で川に入っていこうとしてるんじゃないか…つまり、入水自殺を図ろうとしているのだ、という解釈に繋がっていきます。そうすると、靴が泥だらけになっているのは、川べりのぬかるんだ地面を歩いたためだ、などと考えることができそうです。

 


■ちょっと、説明っぽくなりすぎたので、物語をまとめてみると、要はこういうことです。

 

まず、会いに行こうとしている”君”は、もうこの世にはいない故人であると。ということで、君に会いに行くために、自分も死んであの世に行こう、という物語になります。

 


”川”の解釈については二つあって、まず一つ目は、先述の通り、川に入って自殺を図っているという解釈ですね。

 

もう一つは、ここでいう川は、”三途の川”を表しているのだという解釈です。だから、この場合だと、主人公はもう死んだ後で、この世(此岸)を離れて、君が居るあの世(彼岸)へと、三途の川を今まさに渡っている描写だと考えることができます。

 


さらに、”水色の街”というタイトル自体の意味について考えてみました。

 

僕はこの言葉を、”水面に映っている街”と想像していました。つまり、この場合だと、”川面にゆらゆらと逆さになって映っている街”をイメージしてみてください。

 

そこに行こうとするわけですけど、まぁ川に映っている街なので行けるわけがありませんが、結局は川に入って行かなければならず、やがて溺れてしまうでしょう。ということで、これも入水自殺や、現世ではありもしない場所に行く、という解釈につなげることができそうです。

 


■さらにさらに、この歌のモチーフになった川崎の街(川崎市)について調べてみると、川崎市には川崎大師という場所があり、そこには、”しょうづかの婆さん”なる像があるそうなんです。

 

この”しょうづかの婆さん”は、”奪衣婆”などと呼ばれ、その実態は、「三途の川の渡し賃である六文銭(当時のお金)を持ってこなかった者の服をはぎ取る婆さん」なんだそうです、おっかないですね、苦笑。

 

草野さんがそこまで考えて曲を作ったとは、さすがに広げすぎですが、一応、川崎市に三途の川との接点を、多少無理やりにですが見つけることができました。

 


■ということで、そんなに長くなくて、多くを語っていないような歌ですが、深読みしていって、こんな悲しい解釈(主人公にとっては、君に会えるから嬉しいのかな?)が広まっています、どうでしょうか。

 


ちなみに、個人的な僕自身の思い出としては、大学生の時に、当時好きだった(後に付き合った)人が、同じ街に住んではいたんですけど、その人に会いに行く為にはいつも、ひとつ川を渡らなければなりませんでした。橋を渡って、川沿いにその人のアパートがあったんですが、その人のアパートで…というより、アパートの隣の公園や、川沿いの階段に腰かけて、夜中~朝にかけて何時間も、その人とずっと話し込んだのを覚えています。

 

その人に会うことは、時に悲しいこともありましたが(この辺は色々あったんだけど、割愛!笑)、やっぱりすごく嬉しいことで、その人と過ごす時間はとても大切でした。そんなに遠くに行くわけでもないし、川と言っても細い川でしたが、その川を渡るということが、つまりはその人に会えるということと同義で、自分にとってはすごく特別なことだったんです。

 

まさに、”川を渡る 君が住む街へ”ですよね。だから、この歌の主人公は僕でもあるんです。この歌を聴くと、いつもそんなことを思い出しちゃうんです。

 


■では、最後にMVを。

 

youtu.be

 

まるで歌詞をなぞっているようなMVですよね。川も出てきていますが、映像のエフェクトのおかげもあって、何か俗世を離れた雰囲気を醸し出しています。

 

あと、随所に出てくる象についてですが、今回調べていてちゃんと見つけることができなかったんですが、象は"あの世からの使者"だという逸話を、どこかで聞いたことがあります。また、象は、死の概念をちゃんと理解しており、何と葬式みたいなことをするんだという説もあります(あくまで説です)。何か意図があって、象をMVに出演させているのでしょうか。