236時限目:ブービー
【ブービー】
■アルバム『見っけ』の6曲目に収録されている曲です。
アップテンポな曲が多い中、【ブービー】はしっとりと聴かせるバラードになっています。
冒頭から、ギターの音と草野さんのボーカルでしっとり始まってドキッとするんですけど、バラードと言いながらも、サビからピアノの音が目立って聴こえて、曲調に反してすごく盛り上がっていて、壮大に聴こえてきます。何となくですけど、【魚】みたいな雰囲気の曲だと思ったのが第一印象でした。
■ひとまず、音楽雑誌「MUSICA」のインタビュー記事を引用しつつ、この曲を紹介してみます。
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草野「これ、一番最後に録ったんだよね。ちょっとサイケっぽい曲がもう1曲あるといいなと思って足した曲かな」
田村「いつもそうなんだけど、曲が出揃ってきた最後の頃に草野がこんなピースが足りないんじゃないかって作ってくる曲があるんだけど、それが今回はこれだった。前回の”醒めない”もそうだったよね」
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ということで、アルバムにアップテンポな曲が多い中、しっとりとしたバラードで、むしろ目立って聴こえたと自分が感じたことの理由は、そういうことだったんだなと合点がいきました。
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草野「歌詞って結局、自分だったらこういうことを歌われたいなっていうのが常に基準としてあるので。ドラマとかでよく『あなたの優しさは、優しさじゃなくて弱さだよ!』みたいなこと言うけど、『いや、弱さでいいじゃん』って思ったりするんですよ。俺だったらそういう風に言って欲しいかもって……そういう基準ですかね。(後略)」
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ここの部分は、この曲のみならず、草野さんの歌詞観や、ひいては、もっと大きな人生観に通じるものだと思います。
■ということで、この曲がどんなことを歌っているのか、考えてみます。
まず、曲名の”ブービー”という言葉についてですが、日本語では、”最下位から二番目”を表す言葉として知られていますよね。しかしながら、英語で”booby/ブービー”というと、ずばり”最下位”を表す言葉のようです。
その他、”ブービー/booby”には、まぬけ、馬鹿、という意味もあるようです。この曲に当てはめるとしたら、どれが相応しい感じになるんですかね。
(ちなみに、”ブービー賞”なんていう言葉もありますが、ブービーを”最下位”とすると、わざと最下位になろうとする人が出てくるかもしれないし、そもそも最下位に賞賛を与えること自体おかしいだろう…ということで、意図的には取りにくい”最下位から二番目”に重きを置いた結果だということです。日本らしいですね!)
歌詞を見ると、”ブービー”という言葉はこんな風に出てきます。
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いつもブービー 君が好き 少し前を走る
水しぶき 中休み 高く跳ねる
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唐突に、”君が好き”という言葉が出てきて、これはラブソングなのかなと思ったりするんですけど、その後に続く”少し前を走る”とか、他の部分では、”追いつかなくて”という言葉から察するに、要は、追いかけても追いつけない…叶わない恋愛を比喩しているんだと思われます。
しかしながら、その後の、”水しぶき 中休み 高く跳ねる”という言葉が少しエロく聴こえてきたりして…独りで何をしてるんだろう?何がしぶいているんだろう?どうして高く跳ねているんだろう?と、深読みしてしまいますねぇ。
そうすると、やっぱりブービーには”最下位”を当てはめるとしっくりくるんですかね。何ていうか、一生懸命走って追いかけても、ずっと”最下位”で追いつけない、と解釈するとどうでしょうか。
でも、そうなると、”少し前を走る”という表現が不思議ですよね。”最下位”ならば、”少し前”どころか、背中すらも見えないくらい遠くを走って居そうな感じなんですけどね。
■その他、印象に残っている歌詞を紹介しておくと、まずはいきなり出だし、
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破れかけた 地図を見てた 宇宙から来た 僕はデブリ
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”デブリ”という言葉は、この歌にも出てきている宇宙という言葉とくっついて、”スペースデブリ”という風に使われますが、意味としては、”宇宙ゴミ”という感じです。
(完全に余談ですが、僕はこの言葉を、漫画「プラネテス」で覚えました。超名作です!時々読みたくなるので、ずっと手元に持っています。)
つまり、自分のことを”ゴミ”と言って自虐しているわけですね。
何ていうか、宇宙という場所的なイメージから、とてつもなく広い場所で迷子になっていることや、光の当たらない暗闇にいることを表していて、それがそのまま、「追いかけても想い人に追いつけない」という、この歌の主人公の心情に繋がっているような気がしています。
あとは、最後の歌詞、
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暗闇にも 目が慣れるはず 弱さでもいい 優しき心
薄着の心 消さないほのほ
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ここの歌詞は、本当に草野さんらしいなって思ったんです。例えば、この手の歌詞だったら、”暗闇”には”光”という言葉が常套句のようにくっついてくるじゃないですか。”暗闇に光が差してきた~”みたいな感じですよね。
でも、草野さんはそうはしていないんですね。読んでの通り、”暗闇にも 目が慣れるはず”と書いているんですよ。あくまで、暗闇からは抜け出していないんですね。でも、それでもいいんだよと、それにも慣れるよと…これも草野節なんですかね。
そして、先程インタビュー記事でも紹介しましたが、”弱さでもいい 優しき心”という歌詞があります。
弱さや醜さや変なところや、時にはエロさや…思えば草野さんの歌詞は、いつだってその人の”あるがまま”を肯定してくれているような気がしています。それは、”弱者の側に立つ”というのとはちょっと違うと思っていて、まぁ自分なりに言うなれば、”弱者を認めている”という感じでしょうか。