スピッツ大学

ステイホームしながら通える大学です!

254時限目:さびしくなかった

ひみつスタジオ

 

さびしくなかった

さびしくなかった

  • provided courtesy of iTunes

 

【さびしくなかった】

 

■アルバム『ひみつスタジオ』の5曲目に収録されている曲です。

 

ロックな曲である2曲目【跳べ】、3曲目【大好物】と4曲目【美しい鰭】のシングル曲も賑やかに続き、少し落ち着いた雰囲気の5曲目【さびしくなかった】へと続いていきます。

 

イントロもなく、ひっそりとギターの音と草野さんのボーカルのみで曲が始まり、そこからミディアムテンポのゆったりとした、優しく心地よい曲調で進んでいきます。

 

個人的には、【聞かせてよ】とか【ありふれた人生】みたいな雰囲気を思い出しました。

 


■ということで、早速この曲の個人的な解釈を話してみます。

 

まず、曲名が”さびしくなかった”ということで、やはりこの曲で草野さんは、”さびしい”という気持ち、感情について歌っているのかな、と思うことは自然なことだと思います。

 

それで、タイトルが”さびしくなかった”ということで、じゃあどういう状況の時に”さびしくない”という気持ちになるのか、と考えてみるんですけど、例えば、大切なものが側にあったから”さびしくなかった”、大切な人と一緒に過ごすことができたから”さびしくなかった”、というイメージが最初に浮かんできました。

 

逆に言うと、その大切なものを失くしてしまって、大切な人と別れてしまって”さびしい”と感じると…そういう風につながっていったのも、ごく自然なことでした。

 


ただ、この曲の歌詞を読んでみると、ちょっと違う印象を受けるんですよね。例えば、出だしの部分、

 


さびしくなかった 君に会うまでは
生まれ変わる これほどまで容易く

 

もうこの部分が、この曲の全てを言い表していると言っても過言ではないのですが…

 

”さびしくなかった 君に会うまでは”と、ここの部分を読んだだけでも、君に会うまでは”さびしくなかった”と…逆に言うと、君に出会ったことで”さびしさ”を感じると、そういう風に歌われているんです。

 

この、ある種”さびしくなかった”という言葉の裏返しが、この曲のポイントになっていると個人的には思います。

 


■例えば、【さびしくなかった】の歌詞をもう少し紹介してみると、こんんな感じです。

 


さびしくなかった 君に会うまでは
ひとりで食事する時も ひとりで灯り消す時も

 


さびしくなかった 君に会うまでは
ひとりで目を覚ます朝も ひとりで散歩する午後も

 

ひとりで食事をする時、ひとりで灯り消す時(おそらく眠りに就く時のことを言っているのでしょう)、ひとりで目を覚ます朝、ひとりで散歩する午後…これらは全て、何ら特別なことではない、日常の風景ですよね。

 

そういう日常の生活を、これまでは独りで生きてきたのだけど、”君”に出会ったことで、そういう日常を独りで生きていくことに”さびしさ”を感じるようになっていったということが読み取れます。

 

何て言うか、”さびしくなかった”というよりも、どちらかと言うと、”さびしいという感情をこれまで知らなかった”と考える方がふさわしいと思います。”さびしい”という感情を、感じるように”なってしまった”と、そういうことですよね。

 

で、その理由としては、間違いなく”君”に出会ってしまったから、ということなのだと思います。

 



眼差しに溶かされたのは 不覚でした
かき乱されたことでわかった 新しい魔法

 


離れていても常に思う 喜ぶ顔
以前とは違うキャラが行く しもべのハート

 

”眼差しに溶かされた…”とか、”離れていても常に思う 喜ぶ顔”などの表現を読んだ限りでは、やはり”君”に抱いた気持ちは、恋愛感情なんでしょうか。そういう恋愛感情から、”君”と一緒に居た時間を思い出したり、ふとした日常生活の中で、”君”が側に居てくれたら…と想像をすることで、”さびしさ”を感じているのでしょう。

 

そして、”キャラ”という言葉…これは、シングル曲【大好物】の歌詞でも”取り戻したリズムで 新しいキャラたちと踊ろう”という風に出て来ているのですが、両曲のつながりを感じる部分でもあります。

 


■それから、この曲で草野さんが歌っている”さびしさ”という概念について考えた時に、僕が真っ先に思い出した別の曲がありました。その曲とはずばり、BUMP OF CHICKENのシングル曲【グッドラック】という曲です。

 

youtu.be

 

ボーカルの藤原基央さんは、【グッドラック】の中で、”寂しさ”についてこんな風に歌っています。

 


君と寂しさは きっと一緒に現れた
間抜けな僕は 長い間解らなかった
側にいない時も 強く叫ぶ心の側には
君がいる事を 寂しさから教えてもらった

 


君と寂しさは ずっと一緒にいてくれていた
弱かった僕が 見ようとしなかった所にいた
そこからやってくる涙が 何よりの証
君がいる事を 寂しさから教えてもらった

 

どうでしょうか、【さびしくなかった】と【グッドラック】、心情的には同じようなことを歌っているような気がしませんか?

 

つまり、両曲が歌っているのは共通して、君と出会って、君と過ごす時間や君が側にいることを知ってしまったからこそ、それが逆接的に、君といつか離れてしまうことや、自分が独りで過ごす時間に対して、”さびしさ”を感じるようになってしまったと…要するに、先述した通り、”さびしい”という感情を知ってしまったんですよね。

 

例えば、この歌の主人公は、これまでずっと独りで生きてきたのかも知れません。または、ずっと独りで…とまではいかなくても、自分にとって、かけがえのない大切なものや人があった経験がなく、これまでを生きてきたと。

 

そこへ、自分にとっての”君”という大切な存在ができてしまったことにより、それと同時に、その大切な存在がいつか離れていってしまうことへの”さびしさ”を理解してしまったということだと思います。

 


■ということで、個人的な解釈は上述のような感じで十分なのですが、2つほど補足しておきます。

 


1つ目は、”優しい”という言葉についてです。

 

まぁ、古くは【優しくなりたいな】という曲もありましたが、最近でも、記憶に新しい朝ドラの主題歌にもなった【優しいあの子】、それからWOWOWで放映され、最近その劇場版が公開になったオリジナルライヴの名前も「優しいスピッツ a secret sessino in Obihiro」だったりと、何かと”優しい”という言葉がよく使われています。

 

そして、アルバム『ひみつスタジオ』の収録曲の中にも、”優しい”という言葉が出てくる歌があります(たぶん2曲だけ?)。

 


ここは地獄ではないんだよ
優しい人になりたいよね

 


いつか失う日が 来るのだとしても
優しくなる きらめいて見苦しく

 

それぞれ、【跳べ】と【さびしくなかった】の歌詞なのですが、最近のスピッツでは”優しい”という言葉がひとつのテーマになっているのでしょうか…ということで、最近ゲットしたばかりの書籍「スピッツ2」には、こんなインタビューが載っていました。

 


インタビュアー「《ここは地獄ではないいだよ / 優しい人になりたいよね》って、究極のスピッツメッセージですよ」

 

草野「スピッツっぽいですよね。今回、さっきの話じゃないですけど、『優しい』とか『かわいい』が多いんですよね。だから、ああ、そういうモードなんだなっていう。かわいいものを愛でて、優しい人になりいたい(笑)」

 

という感じです。僕は、昔からスピッツを聴いてきてずっと思っているのは、スピッツって、優しさ・かわいさとかっこよさを、何と上手に同時に表現できるバンドなんだろう!っていうことなんです。だから、ここのインタビューを読んだときに、「おー納得納得」って、何か嬉しくなりました笑。

 


それから2つ目…今まで書いてきたことを、少し極端に突き詰めて考えていった時に頭に浮かんだのが、”i-O”(アイオー)の存在でした。

 

”i-O”は、アルバム1曲目のタイトルにもなっていますが、アルバムジャケットに映っているロボットの名前でもあります。

 

ロボットと言うと、基本的には人間の感情を理解することはありませんよね。つまり、当然”さびしい”という感情も理解していないと考えることができるかもしれません。

 

物語的に考えるのならば、例えば、i-Oくんは”さびしい”という感情をこれまで知らなかったところへ、”さびしい”という感情をインプットされてしまったとかね…こういう風に考えると、一気に【さびしくなかった】という歌の意味が変わってきます。

 

ただ、1曲目【i-O(修理のうた)】でも書いたように、”i-O”は実は人間だったり、もっと広く、このコロナ禍で”故障”してしまったこの世の中を象徴するものだったとしたら、やっぱり何かに”さびしさ”を感じるということは、実に人間らしい感情なんだろうなって思えてきます。

253時限目:跳べ

ひみつスタジオ

 

 

跳べ

跳べ

  • provided courtesy of iTunes

 

【跳べ】

 

■アルバム『ひみつスタジオ』の2曲目に収録されている曲です。

 

【i-O(修理のうた)】の記事でもうすでに書きましたが…僕はアルバム『ひみつスタジオ』を仕事帰りにゲットして、その帰り道で車の中で流して聴いたんですけど、その時に【跳べ】という曲も初めて聴きました。

 

イントロのギターのリフからの、Aメロでそれがちょっと落ち着いて、サビで爆発っていう、割とスピッツにある感じの展開ですが、このアルバムの中では一番疾走感のあるロックチューンであると感じます。

 


■個人的には、特にイントロの部分のギターリフで、GREEN DAYの【American Idiot】とか【Westbound Sign】を想起しました。高校生の時、GREEN DAYとか、海外のパンクロックを割と聴いていた時期があったんですけど、何かすごい懐かしい気持ちになりました。

 

スピッツの楽曲で例えると、【1987→】みたいな感じですかね…ポップパンク?パワーポップ?何て言うのか分かりませんが…とにかく、パンクっぽくはあるんだけど全然重たく感じなくて、疾走感があって軽く聴けるのは、そこはさすがスピッツだなって思いました。

 

楽器隊の演奏はこれでもかとゴリゴリなんだけど、サビ(Bメロ?)のハンドクラップとか、サビで鳴っているbell(ベル)の音とか、そしてやっぱり、草野さんのボーカルの影響は大きいんだろうなって思いますが、そこに草野さんのボーカルが乗っかると、単純なパンクという括りから、スピッツだなぁってなっちゃう感じ…すごいですよね。

 


■そして、タイトルは”跳べ”…と、これまためっちゃ潔いタイトルですよね。

 

アルバムの収録曲のタイトルが発表になった時に、”跳べ”という言葉自体のインパクトと、曲順が2曲目ということもあって、1曲目の【i-O(修理のうた)】はインストで(勝手に思ってました笑)、続く2曲目の【跳べ】はロックな曲に違いないと思っていましたが…インストは違ってましたが、【跳べ】はそのイメージ通りでした。

 

そして、このタイトルを見て(多くの人が思ったかもしれませんが)Mr.Childrenの楽曲にも同じタイトルがあるなぁって思いました。ミスチル版の【跳べ】は、サビで「跳べぇぇぇーーーー」って桜井さんが大声で歌い放つのが印象に残っているんですけど、じゃあスピッツはどうなのか。

 

スピッツの【跳べ】でも、サビの最後に”跳べ”という歌詞は出てくるのですが、そこはスピッツ・草野さんらしさと言っていいんですかね、何という申し訳ない程度の”跳べ”…”跳べ”は添えるだけ、控えめな”跳べ”です。まぁ、最後のサビの終わりの部分で、若干の熱量アップはしますが、それでもミスチルの「跳べぇぇぇーーーー」には遠く及びません笑

 


■それはそうと、僕の印象では、スピッツは”跳ぶ”よりも”飛ぶ”のイメージなんですよね。あんまり、”跳ぶ”の印象はありませんでした。

 

往年の名曲も【空も飛べるはず】、古い楽曲でも【トンビ飛べなかった】…スピッツの曲にはよく”鳥の名前”が出てきますが、鳥と言えば”跳ぶ”より”飛ぶ”のイメージです。そして、アルバムでも『空の飛び方』…その頃のインタビューにおいて草野さんが、

 


草野「(アルバムタイトルを)初めは『飛び方』にしようとか言ってたんだけど、字面がイマイチっつうのがあって『空の飛び方』にしたんですけど。まぁ、昔から”飛ぶ”っていうのをテーマにしている部分が多いし。」

 

と語っていたので、割と意識して、”飛ぶ”という言葉を使ってこられたのでしょうか。そして、”飛ぶ”という言葉自体についても、

 


草野「これはもう幽体離脱ですよ(笑)。まあ瞑想でも夢でも宗教でもなんでもいいんですけど、もっと荘厳なイメージというか」

 

という風に語っておられました。

 


■個人的にも、”飛ぶ”という言葉からは過去の記事で書きましたが、

 

「魂や精神が(あの世へ)トブということで、”成仏”…もっと簡単にいうと、”死”を表している」
「喜びのあまり、気持ちが天にもトブような気持ちになる…として、しばしば、性的に”快楽”に溺れることや、”絶頂”に達することを表している」

 

この2つのイメージだったんですけど、じゃあ”跳ぶ”の方はどうなのか考えてみたときに…とりあえず歌詞を調べると、”飛”はめっちゃ出てくるんですけど、”跳”の方は”飛”に比べると極端に少ないんです。一部、紹介してみると…

 

 


やめないで 長すぎた 下りから ジャンプ台にさしかかり
マグレにも 光あれ どこまでも 跳べるはずさ二人

 


こっそり二人 裸で跳ねる
明日はきっとアレに届いてる

 


今すぐ抜け出して 君と笑いたい
まだ跳べるかな

 


会いたくて 今すぐ 跳びはねる心で
水色のあの街へ

 

あえて曲名は伏せますが、皆さん全曲分かりますかね!?

 

とにかく、どちらかと言うと”性的な表現”が多いんですかね。”跳ぶ”というよりも、”跳ねる”(はねる)の印象に近いかなと思うんですけど、そうなると、ベッドで跳ねて、イヤーンなことををしているイメージですかね。

 

あるいは、4つ目に関しては”跳びはねる心”なんで、気持ちがウキウキしている感じの意味合いですかね。でも、こっちのイメージはあんまりないかなぁ…やっぱり前者のイメージが強いです。

 


■まぁ、一番シンプルに考えると、”飛ぶ”は割と長いスパン飛んでいる感じですよね。鳥や虫や飛行機が空を飛んでいるイメージです。一方の”跳ぶ”だと、自分の前にちょっとした、例えば穴だったり水溜りだったり、そういうものを避けるという意味での”跳ぶ”みたい感じです。

 

じゃあ、今回の【跳べ】はどうなのかと、そこから改めて歌詞を読んでみると、この歌の”跳べ”からは、”自分の目の前にある何かしらの障害を乗り越える”みたいな感じのイメージを受け取りました。

 

という感じで考えていくと、もちろんこの曲を聴いた我々一人一人にあるであろう、今の自分が乗り越えるべき課題を乗り越えていく、という風に、誰しもが当てはめやすい普遍性はあるとは思いますが、やはり一つ思い浮かぶのは、”このコロナ禍からの脱却”というテーマでした。

 



ここは地獄ではないんだよ
優しい人になりたいよね

 

色んなことが制限されていって、身動きが取りづらくなっていった世の中、極端に言えば、ウィルス感染による”死”と隣り合わせになってしまった世の中…それでも、我々は生きているじゃないか!と、”ここは地獄ではないんだよ”と、希望を見出そうと歌っているのだと思います。

 



落ちにくい絵の具で汚されたり 弄りの罠ですりむいたり
心だけどこに逃げようかと
探しているのなら すぐに来て

 

ここは、コロナ禍というよりは、もっと広く、この世の中に生きにくさを感じている人へのメッセージと捉えることができます。

 

”落ちにくい絵の具”とは、何か自分で貼って・誰かに貼られて、はがれなくなったレッテルでしょうか。

 

”弄りの罠”とは、これも色々と解釈できそうですが、例えば単純に学校や社会でいじられている人だったり、この時勢だとSNSでのいじりとかね、そういうのも当てはまるのかもしれません。

 

そういうところからの、”心だけどこに逃げようかと 探しているのなら すぐに来て”という言葉…これもスピッツ流の応援なんでしょうか。自分たちの音楽やライヴで、せめて気持ちを楽にしてほしい、という願いを込めて歌っているのだと思います。

 



泣きながら捨てた宝物
また手に入れる方法が七通りも

 

個人的には、”泣きながら捨てた宝物”という言葉が、この歌の歌詞の中で一番響きました。

 

このコロナ禍で、色んな人が色んな事を諦めざるを得ない状況にありました。学生にとっては、楽しみにしていた、本来であれば一生に一度しかないような学校での行事などが中止になり、残念に思ったかもしれません。

 

そうでなくても、日常に生きる人が皆、何かしらの制限を強いられて、会いたい人に会えなかったり、行きたい場所に行けなかったり、やりたいことができなかったり…そういう自分にとって、”宝物”になり得るものを諦めなければいけない場面があったはずです。

 

だから、そういう制限された生活から解放されて、また自分たちが諦めて放棄してしまった”宝物”を取り戻そう、と歌っていると解釈しました。

 


そして、添えるだけの”跳べ”が出てくるサビにおいても

 


己の物語をこれから始めよう
暗示で刷り込まれてた 谷の向こう側へ
跳べ

 

”暗示”とは、先述と同じく、色んなことに制限をかけられていた世の中を表していて、そこからの解放ということで、”己の物語をこれから始めよう 谷の向こう側へ 跳べ”と歌われています。

 

長かったコロナ禍という障害を、ようやくそれぞれが乗り越えて、”己の物語”を取り戻そう、そして新たに始めよう、と力強く歌われているのだと個人的には思います。

 

ただ、この時勢的にコロナ禍を当てはめていますが、先述した通り、この曲を何か障害にぶち当たった時に聴くと、そういう障害を乗り越える勇気を与えてくれるような、そういう1曲になっていると感じます。

252時限目:i-O(修理のうた)

ひみつスタジオ

 

i-O(修理のうた)

i-O(修理のうた)

  • provided courtesy of iTunes

 

【i-O(修理のうた)】

 

■アルバム『ひみつスタジオ』の1曲目に収録されている曲です。

 

僕は、仕事帰りにCDショップに寄ってフライングゲットし、そのまま待ち切れずに、車の中で開封してCDをカーステレオにぶち込んで聴きながら帰ったのですが…おいおい、いきなり1曲目からこの曲かよ!と。やばすぎでしょう!!!と。

 

車の中で、感動のあまり震えながら運転して帰った、というのが、正真正銘このアルバムとの、そして1曲目なので必然的に、【i-O(修理のうた)】との出会いでした。

 


■最初に、このアルバム『ひみつスタジオ』の収録曲が発表された時に…まぁいつもそうなのですが…もう収録曲のタイトルの羅列を見ただけでも、ワクワクしますよね。

 

その時から、このタイトルの曲はロックな曲だなとか、この曲はバラードだなとか、この曲はちょっとおかしな曲かな、とか想像するところからまず入ります。

 

で、最初にこのタイトル”i-O(修理のうた)”を見た時に、「あれ?これインストの曲じゃね?」と何故か思ったんです。または、インストじゃないにしても、割と機械的というか電子的と言うか、何かそういう曲調を思い浮かべたんです。まぁ、完全に”修理”という言葉に引っ張られてのことでしたが…

 

ただ、そういう想像とは少し違った曲でしたね。しっとり聴かせる、重厚でドラマチックなバラード…でも、バラードではあるんだけど、しっかりロックな曲で…やっぱりこういう感じの曲って、スピッツ唯一無二だなって感じます。

 


■曲のイントロで聴こえてくる音は、クレジットによると、”hammond b3”と表記がありますが、ハモンドオルガンという楽器のようです。

 

いわゆる、電子オルガンの一種なんですかね、小学生の頃に聴いた懐かしい音に聴こえるような、でも電子的でちょっと近未来的な感じにも聴こえるような、不思議な音です。

 

そのオルガンの優しい演奏の後に、ひっそりと草野さんのボーカルとギターが入ってくると、一気に広がってくるスピッツの世界観…その安心感と、これからアルバムが始まるんだっていうワクワク感がたまりません。

 

そして、そこからBメロ、サビへと、少しずつ音が足されていって、落ち着いている雰囲気ではあるんだけど、ダイナミックな演奏が印象的です。全体的に、別に暗い曲調ってわけではないのですが、まぁ歌詞の雰囲気と相まってなのかもしれませんが、どこかしんみりして寂しく感じます。

 


■ということで、この曲がどういうことを歌っているのかという、個人的な解釈なのですが…

 

そもそも、この曲名”i-O(修理のうた)”を見たときから、タイトルの印象が強い曲でした。”i-O”とは何なのか。そして、こういう書き方も初めてのことだと思うのですが、わざわざカッコつきで(修理のうた)とありますが、”修理”とはなんなのか。

 

まず、”i-O”というアルファベット表記を見ると、何かの機械の”型番”っていうんですかね、そういう印象を受けます。例えば、僕のスマホは”Galaxy A51 5G SC-54A”というメーカー?モデル名?なんですけど、名前って感じじゃないですよね、無機質で脈絡も意味も感じない、ただの文字の羅列という感じです。

 

そこで、真っ先にイメージとしてつながったのは、アルバムジャケットに女性(井上希美さんという方らしい)と共に映っているロボットでした。このロボットの名前が”i-O”なのでは…と、思っていたところで、ネットで見つけた、J-WAVEスピッツのインタビューで、草野さんがこのように話されていました。

 

news.j-wave.co.jp

 


草野:『i-O』は「アイ・オー」と呼んでいます。ジャケットのロボットの名前がi-Oっていう。

 

ということで、イメージとして、ロボットと”i-O”がつながりました。

 

そして、”修理”というと、やっぱり壊れた機械を直す作業として使われる言葉ですよね。だから、(一旦は)この曲のイメージとしては例えば、”i-O”はジャケットのロボットであり、共に映っている女性は”i-O”を作った?管理する?エンジニア的な人であり、”修理”とはこの”i-O”を修理すること、とつながっていきました。

 


何度故障しても直せるからと

 


マニュアル通りにこなしてきたのに

 


簡単な工具でゆがみを正して
少しまだ完璧じゃないけれど

 

ちょっと意図的に歌詞を選んでいますが…確かに、”故障”、”マニュアル”、”工具”など、まぁ言葉のままですが、故障した機械を…つまりは、ロボットのi-Oくんを直しているという表現に読めます。

 

女性にとって、i-Oくんはとても特別な存在であり、そしてまた、i-Oくんにとっても女性はとても特別な存在…お互いがお互いを大切に想い合っているということは、ジャケットの両者の笑顔が物語っています。i-Oくんの笑顔が本当にかわいい!(てか、そこが口だったんだ…そこ動くんだって思ったりしましたが笑)

 

だから、そんな風に女性とi-Oくんの日常や物語を歌っている歌として、この曲を聴くことができますし、それだけでも想像が膨むところではあります。

 


■ただですね、やっぱりそういう一筋縄にいかない部分は感じます。歌詞をもっとちゃんと載せてみると、

 


何度故障しても直せるからと 微笑みわけてくれた
どんな答えなら良いのか解らず 戸惑うのもまた楽しくて
今も僕は温かい

 


マニュアル通りにこなしてきたのに 動けなくなった心

 


愛をくれた君と 同じ空を泳いでいくよ
ロンリーが終わる時 黄色い光に包まれながら
偽りの向こうまで

 

とにかくタイトルは無機質で、歌詞にも”故障”だの”マニュアル”だのって言葉が出てきている割には、実際は全体的な歌詞としては、人間くさいんですよね。

 

例えば、”マニュアル通りにこなしてきたのに 動けなくなった心”の”心”とか、まぁ”心”っていうのは、人間に宿っている物なので、この歌で”故障”してしまったのは、機械やロボットではなくて、人間なのではないか、と。

 

例えば、仕事とか学校の勉強とか、もとい、この時勢では「生きていくことそのもの」かもしれませんが、”マニュアル通り”頑張ってきて、頑張りすぎちゃったのかもしれないですけど、ちょっと精神的に参ってしまったと…そういう状態を”故障”と呼ぶとするならば、”何度故障しても直せるからと 微笑みわけてくれた”という、最初は機械的にしか読むことができなかった冒頭の歌詞の捉え方がガラッと変わるようで、本当に身震いしたんです。

 

だから、こういう風にも思うようにもなりました…i-Oくんっていうのは、ジャケットではロボットの姿で映っているけど、実際は人間を象徴しているものなのでは?と。

 


■あとは、これも見逃せませんね。”i-O”と”愛を”のダブルミーニング

 

だから、故障した心を救うのは、やっぱり”愛”の力なんですかね。両親からの、家族からの、恋人からの、友達からの、そういう”愛”を受けて、また再び頑張っていくことができると。

 

さらにいうと、先に紹介した、J-WAVEスピッツのインタビューで、草野さんはこうも話されています。

 


草野さん:「修理」っていう言葉も象徴的というか。いろんなものの不具合とかが世の中で出てきていて、特にコロナ禍で。それをまた修理しながらやっていきましょうっていう歌だと思います。

 

何も、人間だけにはとどまらず、この社会や世の中が、コロナ禍によって変わっていった状態を”故障”とするならば、i-Oくんはもっと大きなものを象徴しているのかもしれません。

 

この辺りは、この曲にならず、このアルバム全体に広がっているテーマなのかもしれません。

 


■という感じの解釈で十分なのですが、深読みするならば、

 


忘れ去られてく 闇に汚れてく
坂の途中で聴いた声は
再び一つずつ 記憶呼び覚まし 身体じゅう駆けめぐる

 

とか、サビにでてくる”黄色い光に包まれながら 偽りの向こうまで”などの表現が、ちょっと”死”を思わせるなぁ、とも思っています。

 

途中で出てくる”ハレの日”という、カタカナ表記の”ハレ”は、天気としての”晴れ”とは別の意味があって、”晴れ舞台”や”晴れ着”など使うような、要は年中行事やお祭りなどの特別な日のこと、非日常という意味なんです。

 

この”ハレの日”に、例えば、葬式などの不幸を含む(かは割れているようですが…)ならば、”可愛くありたいハレの日”=故人を着飾っている?、そして”愛をくれた君と…”からの”黄色い光に包まれながら”という言葉の下りは、亡くなった人が、”愛をくれた君”とあの世で再会して、また一緒に歩きはじめる、と読むこともできるかもしれません。

アルバム『ひみつスタジオ』を始める前に

 

■おはこんばんちは、スピッツ大学学長のitukamitanijiでございます。皆様、お元気でしょうか?

 

最近は、(今現在リアルタイムで)まだ5月だというのに、もうすでにぶち暑くなってきましたね。5月って、こんなに暑かったっけ?って感じですが…また今年も、暑い夏がやってきますね。

 

そして、今まさに我が街広島には、G7がやって来るところでございます。平和都市広島…やはり世界的にも重要な場所だということなんでしょうね。そんな広島で、5月19日から21日までサミットが行われるみたいで、道路が封鎖されるだとか、そのせいで物流が止まってしまうとか、何やら大変なことになりそうですが…まぁ自分の仕事には、あまり影響は出そうにないので良かったです。

 


■さて、ここスピッツ大学。

 

今現在のスピッツ大学は、シングル『美しい鰭』の収録曲【美しい鰭】【祈りはきっと】【アケホノ】の記事を書いたところです。

 

そして!

 

ついに発売になりましたね!皆さんの手元には、もうスピッツの新しいアルバム『ひみつスタジオ』ありますかね?今まさに、そのアルバムを聴きながらこの記事を書いているわけですが…いやぁ、また素晴らしいアルバムが出来上がっていますね。

 

僕は、無事に昨日(16日火曜日)にフラゲできまして、それから何周もアルバムを聴いて、今耳に馴染ませているところではあるんですけど、初めて聴いた時からめっちゃ好きになった曲から、じわじわと良さが伝わってくるようなスルメ曲まで色々あって、今が一番楽しい時です。

 

ということでスピッツ大学では、これからその『ひみつスタジオ』の収録曲の感想や、勝手ながら考察などを、1曲ずつ書いていくことになるわけですが、その前に…

 

割と記事を書くこと自体が久しぶりだったので、記事を長いこと書いてなかったこれまでのすき間を埋めるべく、ここ1年くらいの僕とスピッツの話を書いていこうと思います。何て言うか、これから『ひみつスタジオ』の記事を書き始める、その前の雑記だと思っていただいて差し支えはありません。

 

ということで、以下よろしくお願いします。

 

 

■では、早速超さかのぼって、2022年4月。

 

新しい環境で、自分の仕事が始まりました。ここ何年間か(長い目で見ると、約10年くらいになるかもしれませんが)、ずっと同じ仕事はしていたのですが、自分のやりたい形にはなってなくて、何ていうか、ずっと”僕はきっと旅に出る”状態でした。仕事と勉強を平行してやっているって感じでしたかね。

 

で、その長い旅がとりあえずは終わって、2022年4月から気持ち新たに仕事が始まった、という感じでした。

 

なので、2022年度は、色々と大変な1年でした。働く場所も変わって、新しい仕事も増えたし、色んな事が起こってそれの対応をしなければならなかったり、もちろん今までやってたこともレベルアップして続けていかなければならなかったりしてね。まぁ、それは今も変わってないんですけど、苦労しながらも、楽しくやっている、というのが今の現状です。

 

 

■そういう状況の中で、自分が割と気持ちが落ち着く瞬間と言ったら、意外と車の運転だったりします。

 

ただし、こんなおじさんの自分が言うのは恥ずかしいんですけど、実は僕は車の運転が苦手なんです。というか、これまでずっとペーパードライバーで、もう10年以上も運転していないって感じが続いていたんです。

 

それが2022年からは、通勤はもちろん、出張もめっちゃ多くなったので、車の運転が必須になってきて、苦手な運転を頑張るようになったんです、もとい、頑張らないといけなくなったんです。

 

だから、別に今でも、運転が好きという感じではないんですけど、車を使うようになって、特に通勤の運転時間は、割と気持ちを切り替える良い時間だと感じることが、ちょっとできるようになりました。

 

運転の時は、もっぱら音楽を流しています。気を紛らわせるため、変な緊張をしないように、みたいな理由ですが、今やまとめて音楽を聴く時間というのは、車を運転する時くらいになりました。

 

 

■そこで、スピッツの出番ですよ。

 

もちろん、日によってスピッツ以外の音楽も聴くし、何なら、スピッツ以外の音楽を聴く頻度の方が多かったと思いますが…それでも、スピッツの音楽を聴くことは、今でも変わらず続けているし、一番大切な時間です。

 

ところで、2022年10月19日、スピッツは2つの映像作品『スピッツ コンサート 2020 "猫ちぐらの夕べ"』『SPITZ JAMBOREE TOUR 2021 "NEW MIKKE"』を同時に発表しましたね。

 

これがね、まためちゃくちゃよかったんですよ。ただし、正確には…僕はどっちも購入してはいるのですが、せっかく映像作品を買ったはいいけど、実はライヴ映像の方は、1回くらいしか通して見てなくてですね…非常に損なことをしてしまっているのだと思います。

 

でも、これらの作品を僕はどっちとも初回限定盤で買ったので、映像作品の他にライヴCDも持っていて、そのライヴCDの方を、車の中でめっちゃ流して聴いています。

 

特に、『SPITZ JAMBOREE TOUR 2021 "NEW MIKKE"』のライヴCDが、めっちゃ好きなんです。やっぱりライヴって”生もの”なので、同じ曲をやったとしても、ライヴごとに違って聴こえると思うんですけど、この『SPITZ JAMBOREE TOUR 2021 "NEW MIKKE"』のライヴCDの音源は、何でかすごい刺さるんですよ。今までのライヴCDで一番のお気に入りです。

 

まず、新しく聴くことができた、アルバム『見っけ』の収録曲群は、どれもお気に入りです。【見っけ】から始まって、【はぐれ狼】や【ラジオデイズ】、【まがった僕のしっぽ】、【ありがとさん】、そしてトリの【ヤマブキ】まで、どれも新鮮に聴くことができました。

 

あとは、何気にめっちゃ好きなのは、【青い車】です。このNEW MIKKEツアーの【青い車】がめっちゃ好きなんです。クージーのキーボードのアレンジとか、草野さんのボーカルとか、何か同じ【青い車】でも、すごく特別なものに聴こえます。

 

 

■そして、何と言っても一番好きなのは、【紫の夜を越えて】の音源です。

 

先程も言ったように、このライヴCDを運転しながら聴いているわけですけど、仕事から帰る頃には、8時とか9時とか、すっかり夜になっているんです。

 

そこで、運転しながら聴く【紫の夜を越えて】…特に、仕事帰りに聴く【紫の夜を越えて】は、心に効きますねー。仕事帰りだから、やっぱり(皆さんもだと思いますが)それなりに疲れてるじゃないですか。そういう状況で、【紫の夜を越えて】のあのイントロ…ライブ音源では同じフレーズを2回繰り返すアレンジに変わっているのですが、これがまた響くんですよ。

 

何か、全てを許してくれる感じ、労をねぎらってくれる感じ、自分自身の今日という1日をふわっと包み込んでくれる感じ、車の中という閉鎖空間だからなおさら、スピッツと1対1で対話してる感じ、…うまく表現できないですけど、とにかく、帰り道で1日の終わりに【紫の夜を越えて】を聴くことで、すごい浄化された気分になるんです。

 

間違いなく、ここ1年で一番聴いているスピッツの曲と言えば、この【紫の夜を越えて】のNEW MIKKEの音源ですね。

 

 

■まぁそんな感じで、記事を書いていない時間でも、日常的にスピッツは聴いています。最近は、シングル『美しい鰭』の【アケホノ】何かもヘビロテしていました。

 

そして、今は何と言っても『ひみつスタジオ』です。この、少しずつ新しいアルバムの音源が身体に馴染んでいく感じがたまりませんね。

 

1曲1曲の記事はこれから書いていくのですが、少しだけ第一印象みたいなことを語ってみると…

 

このアルバムを最初に聴いたのは、これもやはり車の運転中だったのですが…CDショップでCDを買った帰り道で、すぐに車で流して最初の方だけすぐに聴きました。

 

まず、正真正銘最初に聴いた【i-O(修理のうた)】が、まじでいきなり刺さりまくって、泣きそうになりました。

 

で、【跳べ】もめっちゃカッコいいし、【大好物】【美しい鰭】ときて、【さびしくなかった】もしんみりして良いと。

 

そして、その後の【オバケのロックバンド】ですよ!これには、本当にびっくりしましたよね、最初は耳を疑いました笑。

 

ことスピッツにとっては、草野さんのボーカルが絶対的な物であり過ぎるので、草野さん以外がボーカルをすることって全く予期しなかったですけど、まさかもう30年以上も活動しているバンドが、新しく挑戦するとはね。

 

最初はね、面白くて笑っちゃったんですけど、何回か聴いていくうちに、何かそれが感動に変わりました。特に、【オバケのロックバンド】のMV(初回限定盤かデラックス・エディションでしか見れないので注意!)は、本当に素晴らしいです。何か、スピッツのメンバーが、4人で確かにここまで歩いてきたんだと、そういう軌跡みたいなものを感じる曲やMVですよね。また【1987→】とかとは違った良さがあります。

 


■第一印象としては、【i-O(修理のうた)】【オバケのロックバンド】【ときめきpart1】がすぐに好きになりましたが、じわじわ【未来未来】とか【讃歌】もきてます。

 

全体的な雰囲気としては、どういう感じでしょうね。うまい言葉は思い浮かびませんが…東日本大震災の頃からのテーマだった、”死と再生”みたいなとても大きかったテーマは、もうあんまり感じることはなく、一方でやっぱり、この時勢のコロナ禍の記憶、そしてそこからの脱却・解放、みたいなテーマに変わっているって感じなんですかね。

 

まぁ、これから『ひみつスタジオ』の収録曲については書いていきますので…そんなに早い更新では書けないと思いますが、またよろしくお願いします!

251時限目:アケホノ

美しい鰭

 

アケホノ

アケホノ

  • provided courtesy of iTunes

 

【アケホノ】

 

■2023年4月12日に発売されました、46作目のシングル『美しい鰭』のカップリング曲です。

 

シングル『美しい鰭』には、A面の【美しい鰭】の他に、【祈りはきっと】【アケホノ】という、2曲のカップリング曲が収録されており、しかも今のところ、アルバム収録の予定はなく、このシングルでしか聴くことができないので、かなり貴重です。

 


■まず、このタイトル”アケホノ”という言葉の意味についてですが、漢字で”曙”と書いて”あけぼの”と読む言葉があります。

 

”曙”とは…その昔、相撲力士の横綱に曙という人がいましたが…本来の”曙”という言葉の意味は、①夜がほのぼのと明けていく頃、②新しい時代や変革のはじまり、みたいな意味です。

 

”曙”は、通常は”あけぼの”と濁って読むのですが、今回の楽曲は”あけほの”、さらにカタカナ表記で”アケホノ”と、おそらく言葉の響き的に柔らかさを表わしたくて、わざと濁点を取って、さらにカタカナ表記にしたんだと思います。”あけぼの”と”アケホノ”では、文字の字面で読んでも、実際に口に出して読んでみても、両者は違う印象を受けます。

 

(ちなみに、日本書紀という、奈良時代の歴史書・神話の中には、”会明”と書いて”アケホノ”と読む言葉が出てきますが、関連性は不明…)

 

 


■冒頭で書いた通り、このシングルには新曲が3曲も入っているのですが、この【アケホノ】が、3曲の中で一番のお気に入りです。最初に3曲を流しで聴いてみた時に、もうすでにひと耳惚れしていました。

 

【アケホノ】は、ガンガンなロックナンバー!という感じではないけれど、優しくて明るい、まさにスピッツのギターロックが来た、という感じで、もうとにかく全編めっちゃギターの音とフレーズが好きです。

 

何かの記事でしゃべったような気がするんですけど、僕はギターのブリッジミュートの音が好きなんですよ。ブリッジミュートっていうのは、ギターを弾くと同時に弦に手を当てることで、ギターの音が短く「ベン・ベン・ベン・ベン」って鳴っているあれです。

 

スピッツだったら、他の曲だと【潮騒ちゃん】とか(他にもあるはずなんだけどな…)にも使われているあれです。

 

 


■さて、シングル『美しい鰭』のspecial thanksの欄を見てみると、”フラワーカンパニーズ”という表記があることに気づきます。

 

まぁ知っている人には説明は不要だと思いますが(かく言う僕も、ほとんど知らないんだけれど…)、フラワーカンパニーズとは日本のバンドの名前です。略して、フラカンと呼ばれたりします。

 

スピッツは、2023年現在で考えると、結成36周年目&メジャーデビュー32年目を迎える、本当に長く活動をしているバンドなのですが、フラワーカンパニーズも1989年に結成されているため、今年で結成34周年を迎える、スピッツと同様に、長く活動をされているバンドです。

 

何て言うか、スピッツも十分熱くて男らしいロックバンドではあるんですけど、フラカンはそれ以上に、もうこれでもかというくらい熱いバンドです。THE BLUE HEARTSのような、王道のパンクロックバンドという印象ですかね。

 

両バンドのメンバーの年齢も同じくらいですし(スピッツがちょっと上か?)、その長いバンド活動の中でも、メンバーが変わっていないなどの共通点もあります。

 

それから、スピッツのアルバム『小さな生き物』に入っている【野生のポルカ】という曲において、その収録にフラカンが参加し、曲の最後の”細道駆ける最高の野生種に”という部分をシンガロングしています。

 

こんな風に、スピッツフラカンはお互いにリスペクトし合う関係性で、交流があるのだと思いますが、2019年にフラカンが結成30周年を迎えた際には、フラカンスピッツが対バンでライヴをしたことがあるので、その交流はとても深いものだったことがうかがい知れます。

 

※この辺りのことは、もうちょっとだけ詳しく、自分の別の記事で触れていますので、よかったら読んでみてください。フラカン×スピッツのライヴの動画も、期間限定でyoutubeにあったのですが、今はありません。おそらく、コロナ禍のステイホーム時代の期間限定動画だったのでしょう。

 

itukamitaniji.hatenablog.com

 


■それで、今回の【アケホノ】とフラワーカンパニーズの関係なのですが、(おそらく)今回はどうやら収録にフラカンが参加した、というわけではないようですが、その一方で、【アケホノ】の歌詞を読んでみると、Cメロにこんな歌詞が出てきています。

 


生きていて良かったそんな夜を 探していくつもの
夜更かしして やっと会えた朝

 

ここの歌詞なんですけど、実はフラカンに【深夜高速】という曲があって、そのその歌詞に同じフレーズが出てきます。

 


生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった そんな夜を探してる
生きててよかった 生きててよかった
生きててよかった そんな夜はどこだ

 

【深夜高速】という曲は、僕も唯一フラカンで知っている歌なのですが(自分でも歌えるレベルという意味で…)、おそらくフラカンでは一番有名な曲なのではないでしょうか。

 

その真意は不明ですが、その【深夜高速】の歌詞を、自らの楽曲に引用して、しかもスペシャルサンクスの欄にフラカンの名前を入れているので、さすがに何か意図があってのことでしょう。

 

youtu.be

 

youtu.be

 


■そういう風に考えていくと、この曲の解釈としてはやはり、スピッツにとってのフラカンのような、”盟友”に当てたアンサーソングというのが自然に浮かんできました。

 

歌詞を読んでいくと、何て言うか、お互いの労をねぎらうようなフレーズが随所に出てきています。

 



つながっていた 僕らはたぶんいつも
それぞれ闇の奥にいた時でさえ

 

”つながっていた 僕らはたぶんいつも”という表現で、離れていても、一緒には居なくても、ずっとお互いにお互いを気にかけているような、そういう関係性が浮かんできます。

 

そして、”それぞれ闇の奥にいた時”という言葉からは、お互いの人生がいつも順調にいっていたわけではないということも、伺い知ることができます。

 



否定の中に なんとか理由を拾って
高級な笑顔の渦に飲まれてみたり
嫌いな自分を 無理やり正当化しようと
もがいて穴の外へ逃れてからは

 


ザラザラで冷たい地面を這ってきた
汚れた腕を讃えあって

 

この辺りは全体的に、歩んできた道の苦労を読み取れるような気がします。

 

”高級な笑顔の渦に飲まれてみたり”…これは、自分の感情は隠して笑ってみたりしたことや、お偉いさん方の機嫌を取ったりしたことなどを表しているのでしょうか。

 

”ザラザラで冷たい地面を這ってきた”…この辺りからも、相当な苦労があったんだろうことが伺えます。

 

”汚れた腕を讃えあって”…そして、そういう苦労がお互い様であったこと、そういう苦労をねぎらい合える仲間が居たことが読み取れます。

 


そしてサビの歌詞

 


アケホノに誓いましょう 昔じゃありえないあの
失ったふりしてた愛の言葉
諦めるちょい前なら 連れて行くよ怖いかな
もう大丈夫泣いちゃうね ほわんと淡い光

 

再び、フラカンや【深夜高速】を引き合いに出して読んでみると、まず【深夜高速】という歌は、歌詞に”生きててよかった そんな夜を探してる”とある通り、状況としてはずっと夜という感じですよね。

 

一方の【アケホノ】では、”影はグレーから徐々に白くなり”だったり、”やっと会えた朝”だったり、何より”アケホノ”という言葉自体が、「夜が明けていくさま」を表している言葉だということなどを考えると、その言葉通り、夜が明けて朝がやってくる、まさにそういう状況を歌っていると考えることができます。

 

というところを考えていくと、【深夜高速】で、”生きていてよかった”と思えるような場所・時間・人…何でもいいと思うんですけど、そういうものを探してさまよっていた夜は明けて白々と明けていき、そして【アケホノ】へと繋がっていくと考えると、すごい胸熱な物語じゃないですか。

 

 


■という感じで、上記の解釈で十分成り立つと思いますし、僕自身もこういう解釈で聴いているのですが、その一方で、

 


影はグレーから徐々に白くなり
二人の頬も染まる頃

 


アケホノに誓いましょう 昔じゃありえないあの
失ったふりしてた愛の言葉

 


アケホノに誓いましょう この気持ちはもうなんなの?
上書きされる初恋の定義

 

などを注視して読んでいくと、恋愛に関係する言葉も多く出てきていることにも気づきます。

 

”失ったふりしてた愛の言葉”や”上書きされる初恋の定義”などで、何て言うか、例えば長いこと恋というものには無縁だった人物が、久しぶりに恋に堕ちていくような様子が想像できるかもしれません。

 

あるいは、”失ったふりしてた愛の言葉”で、これはプロポーズのセリフなんじゃないかとか、色々想像することができますね。

250時限目:祈りはきっと

美しい鰭

 

 

祈りはきっと

祈りはきっと

  • provided courtesy of iTunes

 

【祈りはきっと】

 

■2023年4月12日に発売されました、46作目のシングル『美しい鰭』のカップリング曲です。

 

シングル『美しい鰭』には、A面の【美しい鰭】の他に、【祈りはきっと】【アケホノ】という、2曲のカップリング曲が収録されており、しかも今のところ、アルバム収録の予定はなく、このシングルでしか聴くことができないので、かなり貴重です。

 

 


■まず、この曲を初めて聴いた時からの印象ですが、シングル曲の【さらさら】に曲調が似ているなって思っています。

 

両曲とも、決して明るいわけでもないけど、かといって、暗いわけでもないっていう感じ…と言うより、曲を聴く時の自分の気持ちや調子、置かれている状況などにより、明るくも暗くも聴こえるような、そんな不思議な曲調だなと感じました。

 

ギターの音とボーカルだけのシンプルな始まりから、ベース、ドラムと加わっていき、少しずつ曲にリズムと勢いが増していく感じが、ドラマチックで、どこか追い立てられるような気がしています。

 

間奏に聴こえてくる、なんて表現したらいいか分かりませんが…ドラクエの教会で流れているような音(?)は、クレジットによると、harpsichord(ハープシコード)という楽器だそうです。おそらく、チェンバロという楽器と同じものなのだと思いますが、弾いているところの演奏を見ると、見た目は完全にピアノに見えるのですが、実際を弦を叩いているのではなく、弾いているそうです。弦楽器に近いんですかね。

 

 

 

■それから歌詞の考察については、これは割と普遍的に、そのままな感じで読めるなと思っています。

 

例えば、サビの

 


祈りはきっと届くと思う まだ道が続いてる
あの丘の向こうまで さらに君の所まで
巻き戻せない時を越え 始めよう
新たなる旅路

 

という部分とか、割と読んだまんまで、過去にはもう戻れないけれど、未来には道は続いているから、諦めないで自分の祈りを大切に生きていけば、きっと届くよ、という風に、これは万人に向けられている応援というテーマがあるかと思います。

 

なので、そういう歌ってことで、もうそんなに言えることは正直ないような気もしますが、例のごとく、ちょっと深読みしてみます。

 

 


■まず、まぁこの時勢ならではのことですが、このコロナ禍のことを歌っているような節があるという風に思いました。歌詞を少し挙げてみると、

 


記憶の中の輪郭を 何度でもなぞるよ
弱気が邪魔しても

 

”記憶の中の輪郭”という言葉で、もちろんただ単に、長いこと会っていない、または、会えなくなった人の顔を思い出そうとしているという解釈はできます。

 

ただ、この時勢で考えてみると、もう我々の随分マスク生活も長く続いてきましたよね。最近では、割と意識して外すことを考えることもあるんですけど、近くに居る人でも、その人の輪郭…特に口まわり辺りの形状を久しく見ていないという状況も珍しくありません。”記憶の中の輪郭”という言葉で、そういうことを思ったりしました。

 



日常が幻になり 幻も消え去る
そんな定めを壊せ

 

ここの表現は、このコロナ禍からの脱却を意味しているのかな、と思いました。つまり、

 

”日常が幻になり”…コロナ禍がやってきて、我々の日常は、長いこと大きく変わったものに余儀なくされてきました。

 

”幻も消え去る”…上記の流れから考えると、この表現は、日常を幻のものにしていたコロナ禍が消え去って、日常がまた戻ってくる、と読むことができそうですかね。

 

ただ、”そんな定めを壊せ”…??? この流れだと、どう考えたらいいんでしょうね。

 


まぁとにかく、そういう大きく”コロナ禍からの脱却”というテーマを当てはめても、先程のサビの歌詞も不自然ではないかなと思いました。

 

”祈り”とは、これも色々と考えられそうですが、そもそもこのコロナ禍を抜け出したいということ自体が”祈り”ですし、コロナ禍を抜け出して”新たなる旅路”へと赴きたいという”祈り”、この歌の歌詞に”君”という人物が出てきていますが、それこそ長いこと会えていない、誰にとっても居るであろう”君”に会えますようにという”祈り”など、人によって様々考えられると思います。

 

 

 

■という、割と上記のような解釈でこの歌を僕は聴いているのですが、あと考えているのは、先程も紹介しましたが、この歌における”君”という人物の存在ですかね。

 


祈りはきっと届くと思う まだ道が続いてる
昨日記した戯言 蝶になり羽ばたくだろう
それまで無事でいて どんな罠もよけ
新たなる旅路

 

終わりのサビを紹介してみましたが、そもそもこの歌の中の”祈り”は、”君”という人物に向けられたものであると考えることができますが、じゃあ”君”って何者なの?って考えてしまうわけです。

 

そこは、先程も言った通り、この歌を聴いている人にとっての”君”を当てはめればいいと思うのですが、例えば、”祈り”を”君”との恋愛の成就と考えると、この歌は、そういう”君”への好意が届くようにと歌われていると考えられることができるかもしれません。

 

不穏な深読みをするならば、”君”はもうすでに亡くなっており、”新たなる旅路”というのが、この現世を離れて、あの世への旅路を表わしていると考えることができるかもしれません。

 

と考えると、この歌の主人公は、”君”を亡くした人生を1人で生きていると…そう考えると、Aメロの”忘れたくなかった 色々なシーン”とか、”記憶の中の輪郭を 何度でもなぞるよ”、先程の”日常が幻になり 幻も消え去る そんな定めも壊せ”なども、もっと違う感じに聴こえてきます。

249時限目:美しい鰭

【美しい鰭】

 

美しい鰭

 

 

美しい鰭

美しい鰭

 

■2023年4月12日に発売されました、46作目のシングル曲です。

 

シングル『美しい鰭』にはA面の【美しい鰭】の他に、【祈りはきっと】と【アケホノ】という、何と2曲のカップリング曲が収録されており、1枚で3曲の新曲が聴ける上、そのカップリング2曲は、2023年5月17日発売予定の17枚目のアルバム『ひみつスタジオ』には収録されないため、今のところはこのシングルでしか聴くことができません。

 

ちなみに、シングルに未発表のカップリング曲が2曲も収録されるのは、2000年に発売になったシングル『ホタル』以来、何と23年ぶりになるそうです。

 

アルバム『ひみつスタジオ』には、シングル曲【猫ちぐら】も収録されないようですし、シングル『優しいあの子』のカップリング曲【悪役】もまだアルバムに収録されていないので、ひょっとしたらこれは、新しいスペシャルアルバム発売の布石になっているのか!と期待が膨らみます。

 

ところで、皆さんは”美しい鰭”の”鰭”って、初見ですんなり漢字読めましたか?正直、僕は初見で読むことができませんでした。

 

「美しい…スシ?(ちなみにスシは”鮨”)…いや、変なタイトルだな、まぁいつも通りだけど…あ、美しいエビか!(ちなみにエビは”蝦”)…あ違うかぁ、何か別の魚の名前だろうか…うーん、何て読むんだろう」

 

みたいな問答が少しだけあって、挙句の果てに、グーグルで「魚へん 老 日」みたいな感じで調べて、ようやく鰭=ヒレだと分かるということがありました。

 

 

 

■さて、楽曲【美しい鰭】についてですが、この曲は劇場版『名探偵コナン 黒鉄の魚影』の主題歌になっています。何となく、スピッツがコナンの主題歌を担当することは僕はとても意外に感じましたが、このことは、草野さんがコメントの中でも、同じように語っています。

 


草野マサムネ コメント>
まさかスピッツ名探偵コナンの曲を?と自分達も驚いてます。大変光栄です!
コナンはミステリーである以前に、壮大なラブストーリーだと思ってるので「切ない恋の物語」にも「ハラハラな活劇」にも寄り添えるイメージで作りました。
あと、「歌詞に出てくる”小学生”ってコナンくんのこと?」と訊かれる事がありますが、そこは「小惑星」ですのでお間違えの無いようお願いします。

 

なるほど、”小惑星”と”小学生”…確かに響きは似てますね笑 個人的には、初めて聴いた時から、”小惑星”という言葉で聴こえました。個人的に、スピッツの楽曲の歌詞に出てくる”惑星”(=”ホシ”と読ませることがほとんどですが)という言葉はいつも印象に残るので、”しずくの小惑星”という言葉も同様にすぐに印象に残りました。

 

 

 

■ということで、その【美しい鰭】がどういう曲なのか、感想や解釈などを語ってみたいと思います。

 

まず、曲の雰囲気としては、随所に聴こえてくるホーンの音が耳に残ります。クレジットを見てみると、saxphone(サックス)とtrumpet(トランペット)という表記があります。

 

イントロからすでに、ドラムソロで曲が始まった後に、力強くホーンの音が「パァーン」と聴こえてくるのですが、個人的に思ったのは、スパイ映画の『ルパン三世』や『007シリーズ』のテーマ曲にも、こういうホーンの音が使われていて、コナンとそれらの映画が似てるとは言わないですが、何となく雰囲気が似ていて、そういう狙いみたいなものがあったのかな、と思いました。

 

ロックとホーンの音の融合と聴いてスピッツで思い出すのは、ミニアルバム『オーロラになれなかった人のために』やアルバム『Crispy!』の頃の曲です。割とこういうロックとホーン(オーケストラ)が融合されたような曲があったと思うんですけど、そういう意味では、この【美しい鰭】も懐かしさを感じました。【裸のままで】とか【ドルフィン・ラヴ】とか、ちょっと時期がずれますが【恋は夕暮れ】とかね、一昔前の懐かしさを感じた部分でもありました。

 

あとは、Aメロの展開が面白いですよね。”波音で消されちゃった”とか”はっきりと聞かせろって”というところの「ジャッ・ジャッ・ジャッ」って感じのリズム(何かこういうのに専門用語ってあるんだろうか?)で、何か良い意味で単純じゃないというか、裏切られたというか、そういう風に感じました。

 

全体的には、明るい曲で優しい雰囲気の曲だと感じました。ホーンの音もそうですけど、サビの高音ファルセットとかね、そういう仕掛けがこの曲を柔らかく聴き心地のよいものにしているのだと思います。

 

 

 

■それから、歌詞についての考察・解釈ですが、今回の歌詞の考察については、大きく2つの視点から考えてみたので、それぞれ分けて紹介してみたいと思います。

 

 

まず、SNSなどで映画や【美しい鰭】の感想を少し調べてみた時に見かける意見や感想としては、【美しい鰭】が、名探偵コナンに出てくる「灰原哀」という登場人物のことを歌っているようだ、というものでした。今回の映画では、この灰原哀というキャラクターがストーリーに大きく関わってくるのだそうです。

 

しかしながら、僕は今回の名探偵コナンの映画はおろか、名探偵コナン自体をマンガでもアニメでもほとんど見たことがないので(おそらく今後も…)、コナンのストーリーや灰原哀について、今回ちょっと調べてみました。

 


(※以降、少しコナンのストーリーのネタバレあり。映画のネタバレはありません…)

 

名探偵コナンのストーリーについては、言わずもがな、薬によって小さな子どもになってしまった、天才的な頭脳を持つ高校生探偵である工藤新一が、その名前を江戸川コナンと名乗り、数々の事件を推理・解決していくという、いわゆる推理漫画です。

 

その物語の登場人物として出てくるのが、灰原哀という女の子のキャラクターなのですが、実はこの灰原哀も、工藤新一と同じ薬によって幼児化してしまっている人物のようです。というより灰原は、そもそもこの薬の開発に携わっていたメンバーであり、元々は「黒の組織」(コナンを幼児化させた組織?)の一員であったようですが、何やかんやあって組織を裏切り、今はコナンと行動を共にしているようです。

 

…という壮大な物語があったのですね。全く知りませんでした。ちなみに、灰原哀の初登場のアニメ回が、YouTubeの公式チャンネルで見れました↓(面白くて、全部見てしまいました!)

 

youtu.be

 

 

■とにかく、詳しい物語はさておき、要はコナンも灰原哀も、自分が薬を飲んだ(飲まされた)せいで、子どもになってしまっているという”秘密”を抱えているわけですよね。そのことを知る人物も、物語の中に何人か居るには居るようですが、基本的にはその”秘密”を隠して2人は生きているわけです。

 

そういう前情報を踏まえて、秘密を抱えている2人(特に灰原)に感情移入してこの曲を聴いてみると、それを意識してこの歌詞を書いたのかな、という部分が随所に表れてきます。

 



波音で消されちゃった はっきりと聞かせろって
わざとらしい海原

 


秘密守ってくれてありがとうね
もう遠慮せんで放っても大丈夫

 

こういうところが、何となくストーリーをなぞっているように読めてきます。

 

前者は、いわゆる秘密の暴露・告白だったり、意図せずばれてしまうシーンでしょうか。自分が薬のせいで子どもになってしまっているということを、基本的には隠して生きている灰原ですが、その秘密を何らかの事情で話さなければならない状況や、ばれてしまって(ばれそうになって)大ピンチ!みたいな状況があったと考えることができます。

 

後者は、どちらかというと、信頼できる相手とのやり取りに読めますね。例えばそれこそ、コナンと灰原の関係性とかですかね。当然2人は、お互いの秘密を共有しているのでしょうけど、だからこそ助け合う関係性になっているという風に読むことができそうです。

 



心配性の限界は 超えてるけれどこうやって
コツをつかんで生きてきた

 


流れるまんま 流されたら
抗おうか 美しい鰭で
壊れる夜もあったけれど 自分でいられるように

 

この辺りからは、秘密を隠して生きていく困難と、それでもそういう葛藤と戦いながら生きてきた灰原の生き様を読み取ることができます。

 

自分が調べた感じだと、詳細は省きますが(よく知らないので)、灰原は悲しい半生を辿っており、それによって、人を簡単には信頼しないような、ちょっと人と距離を置くような、ちょっと冷めた感じの性格の人物として描かれています。それに加えて、薬を飲んで幼児化しているという秘密を抱えていると…それはそれは、複雑な人生を生きていくことに困難を感じているかもしれません。

 

それでも灰原は、コナンを始め、少年探偵団(コナンや灰原と行動を共にする小学生のチーム)や阿笠博士などと懸命に生きていると、そういうことが読み取れそうです。物語を読み進めていくことで、灰原の性格が変わっていくように読むことができるそうです。

 

 

 

■という具合に、コナンのストーリーになぞらえると、色々と読める部分があるのですが、先述の通り、僕は名探偵コナンというものを全く通っていない人間なので、結局は付け焼刃というか、調べた情報を書き連ねたものというか、そういう考察になっています。

 

なので、ここからはコナンから離れて、自分らしく考察してみます。

 


僕は、この歌を聴いた時に、思い浮かべたスピッツの別の歌がありました。それは、アルバム『醒めない』に収録されている【ブチ】という歌でした。

 


君はブチこそ魅力 好きだよ凄く
隠れながら 泣かないで yeh yeh

 

【ブチ】にはこういう歌詞が出てくるのですが、ここでいう”ブチ”は、いわゆる身体的特徴だったり、性格や癖だったりと、人間に備わっている特徴や個性を指している言葉であり、その特徴や個性が君の魅力なんだよって、励まして歌っている歌だと、かつて僕は記事に書いたことがあります。

 

そして【美しい鰭】…曲が発表され、実際に聴くという流れの中で、やっぱり一番印象に残るのは、このタイトルそのものですよね。”美しい鰭”って何だよっていうね、このタイトル自体が一番気になった点でした。

 

それで真っ先に思ったのは、”ブチ”と”美しい鰭”が、同じような意味合いで使われているのではないか、ということでした。

 

 


■先程も紹介しましたが、再び歌詞を紹介しながら話してみると…

 


波音で消されちゃった はっきりと聞かせろって
わざとらしい海原

 

自分には、誰にもずっと言えなかった、身体的・精神的なコンプレックスがあったと、そういうコンプレックスを告白するシーンでしょうか。告白する相手は、自分が信頼を寄せる相手か、想いを寄せる相手でしょうか。

 


100回以上の失敗は ダーウィンさんも感涙の
ユニークな進化の礎

 

ここの表現も面白いですよね。”ダーウィンさんも感涙”とか”ユニークな進化”とか、人とは違う(と自分で思っている)自分の個性や特徴を表しているように読めます。

 


そういうコンプレックスを抱えつつも、懸命に生きている人物像が浮かび上がってきます。

 


心配性の限界は 超えてるけれどこうやって
コツをつかんで生きてきた

 


秘密守ってくれてありがとうね
もう遠慮せんで放っても大丈夫

 

後者は、告白した相手への感謝でしょうか。自分のコンプレックスの告白を聞いてくれて、それを知った上でこれまで一緒に過ごしてくれてありがとうという感謝の気持ちが読み取れます。

 

そして、”もう遠慮せんで放っても大丈夫”という言葉からは、そういうコンプレックスを抱えつつも生きていくんだという、覚悟も読み取ることができます。ひょっとしたら、告白した相手、信頼した相手から離れていく描写なのかもしれません。

 


そして、サビの歌詞、

 


流れるまんま 流されたら
抗おうか 美しい鰭で
壊れる夜もあったけれど 自分でいられるように

 

【ブチ】で歌われたことと同様に…自分に備わっている特徴や個性を、”鰭”ではなく”美しい鰭”と表現されていますが、そういう特徴や個性を持って、抗って生きていくことで、自分でいられるのだと、そう歌われているのだと思います。

 

”鰭”というと、もちろん魚をイメージしますが、社会の中で自分らしく生きていく、自分らしく困難を乗り越えていく、ということを、その社会を大海原や荒波と例えて、そこを魚が力強く泳いでいくような、そんな姿を例えて、”美しい鰭”という言葉を使っているのかなとも思いました。

 

 

 

■あとは、そのままこの歌詞を、ファンタジーとして読む考察も考えました。

 

例えば、本当に”鰭”を持って生まれてきてしまった、魚と人間のハーフみたいな人間が居たと想像してみるとどうでしょうか。

 

「実は…俺には、鰭があるんだよ…」「えっ!?」みたいな展開があって、それを隠しながら生きていくんだけど、最終的には、海に戻っていく…みたいな、何それ人魚姫?みたいな物語も想像しました。

 

…が、やはり”鰭”という言葉は、何かの比喩として使われているという、上記の解釈に行き着きました。

 

youtu.be

【ネタバレ注意】『優しいスピッツ a secret session in Obihiro』ライヴレポート

※注意※

 

セットリストやMCの内容にガンガン触れていきますので、全編ネタバレ注意です!

 

この放送をすでに観終わっていて、内容を振り返ったり感想を共有したい方
放送は観ていないけど(観る予定があるなし関わらず)、どんな内容だったかをを知りたい方

 

などに向けた記事です。ネタバレを避けたい方は、ここで回れ右をしてください!

 

 

 

 

www.wowow.co.jp

 

『優しいスピッツ a secret session in Obihiro』
1/29(土)夜8:00 WOWOWプライム

 

<セットリスト>

01.つぐみ
02.冷たい頬
03.ハヤテ
04.今
05.Holiday
06.空も飛べるはず
07.漣
08.優しいあの子
09.夕焼け
10.雪風
11.大好物
12.未来コオロギ
13.ガーベラ
14.名前をつけてやる
15.運命の人

 

 

 

01.つぐみ

1曲目は【つぐみ】。個人的に面白かったのは、この曲が始まる前に、テッちゃんがギターを鳴らしているんですけど、まさにその時に弾いてるフレーズが、【つぐみ】のイントロのフレーズで、「あ、これは1曲目【つぐみ】かな?」って思ったらしっかり【つぐみ】でした笑

 

で、この日にライヴをおこなっている場所と、【つぐみ】のMVが撮影されている場所のロケーションがすごく似ていて、最初同じ場所かな?って思って調べてみたんですけど…結局違う場所だったんですけど、でも本当に雰囲気が似ていて、だからこそ1曲目にぴったりだなと思いました。

 

【つぐみ】のアウトロで、今回のオリジナルライヴの名前「優しいスピッツ a secret session in Obihiro」が画面中央に映し出されます。ライヴというより、映画的な演出ですね。

 

***

 

MC

 

リーダーがペットボトルの蓋を落とす音が会場に響いて、それを見て崎ちゃんが笑うという微笑ましい一幕がありつつ、草野さんが「本番の方が、崎ちゃんのドラムの音が大きい気がする」とコメント。

 

***

 

02.冷たい頬

1曲目に続き、優しい曲が続きます。セットリストを先に載せていますが、この辺りで、「優しいスピッツ」というライヴタイトル通り、今回のライヴでは比較的優しい曲を中心にやるのかなと、個人的に予感しました。

 

それにしても、草野さんのボーカルは全然変わらないですねー。【冷たい頬】なんてのは、もう何年前の曲ですか、僕なんかはもうかれこれ20年以上も前にリアルタイムで聴いていた曲だけど、その頃から彼のボーカルは、本当に変わっていないです。

 

***

 

MC

 

リーダーがおもむろに口を開き、「次の曲って久々?」と草野さんに話しかける。それに対して、「ライヴではやってないね。10年以上…20年以上」と草野さんが答えました。一体、何の曲なんだと、期待が広がります。

 

続けて草野さんが、ギターをジャンジャンと鳴らしながら、「ここ、生音でも音が響くね」とコメント。

 

***

 

03.ハヤテ

手元に持っているいくつかの映像作品を調べてみると、『ジャンボリーデラックス LIVE CHRONICLE 1991-2000』に収録されている、1997年3月23日にNHKホールにて行われた「JAMBOREE TOUR '96-'97」のライヴ映像の中に、【ハヤテ】を演奏している映像がありました。これがもしも最後なのであれば、草野さんの言っている通り、20年以上も演奏をしていないことになりますね。

 

何か、【冷たい頬】といい、この【ハヤテ】といい、アルバムでいうと『インディゴ地平線』や『フェイクファー』辺りの曲って、自分がスピッツを好きになりはじめの頃の曲なので、いつ聴いても懐かしい気持ちでいっぱいになって、何かジーンときちゃいます。

 

***

 

04.今

今回のセットリストの中では、一番ロックだと感じた曲。この【今】で始まるアルバム『ハヤブサ』は、当時自分の中でも衝撃を受けたことを覚えています。しかもこの後に、【放浪カモメはどこまでも】と【いろは】が控えているのは、恐るべし。

 

そんな、ただでさえロックな【今】ですが、ライヴアレンジになると、またそこからさらにロックに聴こえました。

 

***

 

MC

 

草野さん「【今】も、久しぶり。つか今日、久しぶりな曲多いな」
テッちゃん「久しぶりな曲な上に、寒いからね。その感じが。ブラウン管じゃないんだよね、今は」

 

という風に、全然繋がっていないトーク笑 さらに、「ブラウン越しって若い子分かるの?」「チャンネルはそのままは分かるか」「チャンネルは回すって言うよね」など、ゆるく昭和なトークが続きます笑

 

***

 

05.Holiday

アルバム『ハヤブサ』収録曲が続きます。曲もさることながら、隣の部屋から、スピッツがライヴしているところをドア越しに覗き見ているような映し方だったり、スピッツメンバーを上から見下ろしているような映し方だったりと、普通のライヴ会場では出来ないようなライヴの映し方が、とても凝っていて面白いですね。

 

***

 

MC

 

テッちゃんがおもむろに、「次の曲も、何十年もやってないね」と言ったことに対して少し苦笑いした草野さんが、「実はね、影武者が演奏してるから」という風に答える。

 

さらにテッちゃんが、「目つぶっても弾けるよ」と言うと、草野さんが「目つぶっては弾けんじゃない?」と応えるが、リーダーが「テツヤ分かんないもん」(サングラスをかけているから、本当につむってるか分からない笑)とツッコんだ。

 

***

 

06.空も飛べるはず

そして演奏されたのは、【空も飛べるはず】…ワ―、ナンジュウネンモヤッテナイキョクダー、ビックリダー。もうこの辺の曲は、圧倒的な安心感に包まれます。

 

***

 

MC

 

テッちゃんの「今、鼻の頭冷たいねー」と言う言葉に対して、「ほんとだー」と言いながら、自分の鼻の頭を触るおじさんたち笑 かなり会場は寒かったんですかね。

 

で、ここまでこの記事で書いている様子から分かる通り、このライヴでは1曲1曲の間が非常にゆるく、毎曲間ごとにMCが入る構成になっています。MC…というより、無観客だからお客さんに向かって…って感じではなくて、メンバーが普段話しているように、ゆるく話をしている感じですね。

 

そういう構成のライヴについて、ここで少し話題になって、草野さんが「昔やろうとしたけど、けっこう微妙だった」と語った。

 

***

 

07.漣

7曲目は、何と【漣】。個人的には、【けもの道】は不動で1番好きな曲なんですけど、【漣】もそれと同じくらい好きな曲なので、聴けて嬉しかったです。今回のセットリストの中だと、一番うれしかったですね。というのも、【けもの道】は、もうライヴの定番曲って感じがするんですけど、【漣】ってあんまりしてないイメージなんですよね。

 

相変わらず、力強くもやっぱり綺麗な曲ですね。クージーのフルートや、テッちゃんのギターの音がめっちゃ美しい。あと、アルバム曲はフェイドアウトで終わるところが、ライヴアレンジされている終わり方もかっこよかったです。

 

***

 

MC

 

「こうやって、やっと帯広に来れたなって感じだね」と草野さんが話し始めます。MIKKEのホールツアーで来る予定だったがそれが叶わなくなったことに触れ、今回無観客とは言え、帯広でツアーができたことに喜びと感謝をメンバーが語ります。

 

【優しいあの子】の曲を作るときに、取材旅行と称して、十勝・帯広を訪れたことを草野さんが語ります。車で曲をイメージしながら走り、インスピレーションを与えてくれた場所だったんだとか。

 

それから、会場になっている建物にも触れて話をしています。何でも、100年以上も前に建てられた建物のようで、音響をあんまり考えて作られているわけではない場所で演奏をすることに対して、「音のまわり方が違うことに、最初は違和感を感じたがそれが楽しくなってきた」と語りつつも、「アマチュアの頃に学園祭などで回った体育館を思い出した」と懐かしく話していた。

 

***

 

08.優しいあの子

 

ということで、MCの流れから【優しいあの子】です。ライヴのタイトルにもなっている”優しいスピッツ”という言葉を、まさに体現しているような曲だなと改めて実感できます。いわば、このライヴの主題歌といったところでしょうか。

 

この曲を、北海道の帯広で演奏することには、とても大きな意味があるんだろうなって感じますね。

 

***

 

09.夕焼け

これもあんまりライヴでやっているイメージのない曲ですね、名カップリング曲のひとるである【夕焼け】です。照明の演出がとてもにくいですね。

 

***

 

10.雪風

次は【雪風】です。個人的には北海道といえば、【優しいあの子】というより、ミスターどうでしょうこと鈴井貴之や、そこから水曜どうでしょうなどが思い浮かぶ【雪風】ですかね笑。

 

【優しいあの子】は北海道を舞台とした朝ドラの主題歌、【雪風】はスピッツでは珍しく冬の歌、という風に…【夕焼け】については、別に北海道や雪にはちなんでいませんが(むしろ夏や秋って感じ?)、ここの流れ…【優しいあの子】→【夕焼け】→【雪風】という3曲の流れは、個人的にめっちゃ好きです。

 

***

 

MC

 

テッちゃんが、ギターの練習をしている様子が流れますが、その曲が明らかに次の曲【大好物】のギターフレーズだとすぐに分かります。1曲目の【つぐみ】同様、公式のネタバレですね笑 それについてリーダーが「めちゃくちゃ練習してるじゃん」と言って、笑うメンバー一同でした

 

***

 

11.大好物

現在のスピッツの最新曲【大好物】です。まだ、【大好物】をライヴで聴くことは新鮮…とか思っていたら、後述の通りライヴなどの人前で演奏するのは初めてだったんですね。

 

***

 

MC

 

その【大好物】について、リハやレコーディングなどを除いて、人前でちゃんと演奏するのは初めてだからぎこちない、と語る草野さん。そこにテッちゃんが、「でも、意外とこれもそうだけど、【夜を駆ける】とかも弾きやすいよね」と、いきなり【夜を駆ける】を持ち出して話します。リーダーに、「突然【夜を駆ける】?」とつっこまれるが、どうやらテッちゃんは、【紫の夜を越えて】と言いたかったらしい。

 

***

 

12.未来コオロギ

選曲も意外で面白かったんだけど、この曲が始まると、わざと画面の両端に黒い帯が出てきて、真ん中にこの曲の映像を映すという、これも映画的で面白い演出が施されています。

 

***

 

MC

 

「意外とアウトロが緊張するね」「あとちょっとってところで」「ノーミスできたからここで間違えそう」「9回の裏だね」「野球以外で9回以外ないよね」「ソフトボールって7回だっけ」…というゆるいトーク

 

***

 

13.ガーベラ

最初のノイズで、次の曲がまた分かってしまう【ガーベラ】です。テッちゃんが座ってギターを演奏しています。そういえば、このライヴが始まった頃は、建物の外が明るかったんだけど、いつの間にか外が暗くなっています。これは自然に時間が流れたのか?それとも少し時間を置いたのか?いずれにせよ、【ガーベラ】に似合う演出ですね。

 

で、この曲も途中まで、前曲の演出(画面両端に黒帯)が続いているんですけど、この曲の2番のサビから、映像が徐々に横に広がっていって黒帯がなくなっていく演出は、この【ガーベラ】という曲が持つ、夜空の壮大な広がりを感じさせる雰囲気に合っている演出だなと思いました。

 

***

 

MC

 

テッちゃんの「山は越えたね」という言葉に意を介さず、草野さんが「(建物について)何角形なの?」という一言に、建物が何角形なのかを確かめ出すおっさんたちが面白いです笑

 

***

 

14.名前をつけてやる

今回のライヴでやった曲の中では、一番古い曲になる【名前をつけてやる】です。こういう古い曲を新しいライヴでやってくれると、古い曲だからもちろんレア感もあるんだけど、その古い曲を最新のスピッツがやってくれて、アレンジが違っていたりして、何か2重の意味で楽しめます。

 

【名前をつけてやる】なんかも、2枚目のアルバムの表題曲なので、相当古い曲ではあるんだけど、最新のスピッツがやってくれると、また新しい曲として生まれ変わった感じ…極端に言うと、昔のスピッツを今のスピッツがカヴァーしている感じがして面白いなぁ…とは思うけど、草野さんのボーカルだけは変わっているようで全然変わっていないので、そこは圧倒的に安心できるところですね。

 

***

 

MC

 

ラスト曲前の最後のMCです。このライヴを振り返って総括するみたいにメンバーが話をしています。

 

まず、今回ライヴを行った場所について話が及びます。長くバンドを続けてきて、最近は、ライヴをやる場所やリハをやる場所が大体同じ場所であり、変わったところでライヴ演奏をすることがないので、今回のライヴでちょっと変わった場所でライヴができたことに、幸せだと草野さんが語っています。

 

ちなみに、今回ライヴを行った場所は、双葉幼稚園という…なんと幼稚園だったんですね。正確には、旧双葉幼稚園園舎であり、1911年に幼稚園として誕生したが、2013年に100回目の卒園式を迎えたあと、その歴史に幕を下ろしたそうです。

 

また、選曲については、お客さんと一緒に盛り上がるような曲ではなく、メロディーを聴かせるような感じの曲が多いと語っているように、まぁセットリストを眺めると明らかですよね。その中でも、【優しいあの子】と【雪風】は絶対にやりたいと思っていたようです。

 

個人的にも、【優しいあの子】と【雪風】あたりはこのライヴのメインテーマになっている”優しい”だったり、北海道でライヴを行うということを象徴している2曲だと感じています。

 

***

 

15.運命の人

最後は【運命の人】です。やっぱり、ライヴバージョンの【運命の人】は良いですよね。この曲が最後になることで、非常に多幸感に満ちたまま、ライヴが終わっていく感じがします。

 


■総評

 

草野さん自身も語っているように、ノリノリになるというよりは、ゆったりとメロディーや歌詞を聴ける曲が多かったなという印象です。

 

特に聴けて嬉しかった曲としては、【大好物】と【漣】でした。特に、【漣】にはやられました、イントロが始まった瞬間、「うぉ!来たー!」って、もう言葉通り飛び上がりました。やっぱり、【漣】は超名曲です、もちろんクージーの演奏込みで。

 

で、今回のライヴは、松居大悟さんという、一応”映画監督”という肩書きで載っていますが、MVを撮影したり、ドラマや舞台なんか演出のみならず主演なんかもされているようですが、そういう人が監督をしているようです。

 

なので、上述しましたが、ライヴのタイトルが入るタイミングだったり、映像自体の演出だったり、そういう映画的に感じる部分があったんだと、合点がいきました。スピッツのライヴとして、もちろんいつも通り楽しめるんですけど、それプラス、いつもとのライヴとは違った楽しみ方もできる映像だったと思います。

 


■はい、という感じですね。

 

早いもので、今年はスピッツは、結成して35周年を迎えるわけです。ここ何作かのスピッツのオリジナルアルバム発売の周期は3年なんですけど、それを照らし合わせると、今年2021年はそのアルバム発売の年に当たるので、ひょっとしたら新しいアルバム来る?という感じです。

 

まぁ、とにかく結成35周年ですからね、何かしら面白いことをやってくれそうですね。とても期待が膨らむ1年です!頑張って、一生懸命に日々を過ごしながら、待ちましょう!

事後講義:草野正宗 ~詩の世界への招待~(まとめ&今年の振り返り)

f:id:itukamitaniji:20211123223652j:plain

 

 

■おはこんばんちは、スピッツ大学学長itukamitanijiでございます。

 

ということで、12月1日から12月30日まで続けて行いました集中講義全30回、全て終了しました。ひとまず、書き切ることができて、ほっとしております。最後の方の記事は、結構追われていました…苦笑。

 

これまで、スピッツ大学で書いてきた記事は、アップする日付や時間などは一切気にしたことがなくて、ただただ書けたものから、書けた瞬間にアップしていくということを続けてきました。

 

それと比べると、今回の集中講義は初めての試みで、前もって記事のストックを溜めつつ、予約投稿なる機能を使って、擬似的にですが、毎日投稿されているように見せかけるということをしました。”集中講義”と勝手に名前をつけましたが、その名前の通り、大学で期間集中で講義を受けているようにしたかったからです…まぁ、そういうネタですね笑。

 

ただ、読んでくださる方には、別に集中講義とか何とかはお気になさらずに、お好きな時に、お好きな記事を読んでいただければ幸いです。

 


■草野さんの書く詩について

 

もうかれこれ25年くらい前になりますかね、僕は小学生の時にスピッツに出会いました。今思えば、すごく大きな意味を持つ出会いだったんだなって思います。

 

これまで生きてきて、僕は僕なりに、スピッツでもスピッツ以外でも、色んなアーティストの歌を聴いてきましたが、スピッツ以外のアーティストの歌を聴いても、やっぱりね、どこか物足りないんですよ。まぁそれは具体的に言うと、詩の部分ですね。本当にたくさんいい歌ってあるんですけど、とりわけ歌詞の部分では、スピッツ以外のアーティストで、スピッツよりも満たされることはありません。今でもずっとそうなんです。

 

やっぱり、小学生という、言ってみればまだ子どもで、音楽に興味を持ち始めるその入り口でスピッツに出会ってしまった、というのは結構重大なことだったんだなって思います。

 

小学生の頃は、そんなに今のようには歌詞に気を配って聴いてこそいませんでしたけど、それでもスピッツの歌詞って特殊だなって思っていました。

 

この集中講義でも古い曲をいくつか紹介しましたが…例えば、その当時の記憶として一番残っているのは、【フェイクファー】とかの歌詞ですね。恋愛だとか、大人の事情だとか、全然知らないくせに、色んな想像を膨らませていました。

 

例えば、【青い車】とかね、あれなんかも小学生の頃に初めて聴きましたが、記事でもしゃべりましたが、今でもどんな歌なのか全然よく分かってないですから笑 だから、今読んでもまだ考える余地がありそうだと感じるのは、本当に奥深いというか、草野さんの詩の世界はどこまで広く広がっているんだろうって、つくづくすごいと思うしかありません。まだまだ、その世界の旅は終わらないです。

 

スピッツの歌詞は、やっぱり他のどのアーティストのそれと比べても特別なんです。そして、自分にとっては、スピッツの歌詞が原点なんです。言ってみたら、どこか分かりにくく、変テコな歌詞に”慣れてしまった”自分だからこそ、もう他のアーティストの歌詞では、そこは埋めることはできないんだろうなって思います。

 


■集中講義の内容について&今後のスピッツ大学

 

今回の集中講義では、もうすでに説明している通り、スピッツの曲というより、草野さんが書いた”詩”や”言葉”にフィーチャーして書いた…つもりですが、個人的にはあんまりそうはならなかったかなって思っています。

 

ただ、スピッツ大学というブログで、本来はこんな感じで書きたかった、という形をイメージして書いた記事たちではあります。最初から、このスピッツ大学は、草野さんが書いた詩の素晴らしさや、それらの詩に対する、個人的な解釈や考察を伝えることが目的でした。音楽の部分は、そんなに詳しい知識があるわけではないけれど、歌詞の部分であれば、少しは伝えられることがあるんじゃないかなって思ったんです。

 

しかし実際は…大分その形は変わってしまいましたね笑 いつも脱線してしまったり、ただの情報を伝えるだけの記事になってしまったりしています。思いの外、たくさんの方に読んでいただけるブログになったので、自分が一番楽しくなっちゃって、あれも書きたい、これも書きたい、と思っているうちに、こういうブログになってしまいました。

 

だから、そういう意味では、この集中講義はスピッツ大学の原点回帰的な記事なんです。それと同時に、個人的には、ついにやっちゃったな、という感じです。何て言うか、その昔スピッツは、自分たちの意図しない形でベストアルバムを出してしまったことがあるのですが、そういう意味では、この集中講義はベストアルバム的な記事になってしまったのでね。

 

いつか、こういう記事は書こうと思っていたんですが、それはもう終盤になるだろうなって、集大成になるだろうなって思っていました。だから、もうスピッツ大学はこれで終わりでも良いかなっていうほど、満を持して書いたので、とても満足しています。

 

ただ、スピッツの新曲が出続ける限り、またスピッツ大学でも書いていけたらなと…まぁ今まで通りですけど、そう思っていますので、またその時はよろしくお願いします。

 


■今年の振り返り

 

2021年も終わりますね。来年は、当然2022年…何と、早くもスピッツは結成して35周年を迎えるんですね!

 

前作のアルバム『見っけ』が発売になったのは、2019年10月のことなので、”オリジナルアルバム3年周期説”に則れば、ひょっとしたら、来年はスピッツの新しいアルバムが出るかも!?

 

収録されるシングル曲としては、【猫ちぐら】【紫の夜を越えて】【大好物】は確定ですかね。個人的には、シングル『優しいあの子』の名カップリング曲【悪役】がまだ未収録なので、それもぜひ!という感じですけど。さぁ果たして、新しいアルバムは出るのでしょうか。

 

 

2021年は、自分にとっても、非常に大きな意味を持つ1年になりました。僕の2021年をスピッツの歌詞で表わすと、【砂漠の花】ですかね。

 


ずっと遠くまで 道が続いてる
終わりと思ってた壁も 新しい扉だった

 

ぶっちゃけ、ここ10年くらいですかね、具体的にはあんまり話せないけれど、僕はずっと旅を続けていた気がするんです。その旅が、一応は一段落ついたのが今年でした。非常に感慨深く思ってるんですが、ありきたりですけど、人とのつながりを感じた1年でした。

 

仕事場は、この1年は新しい場所に変わってるんですけど、前の職場の人からもたくさん声をかけていただいたりして、何かその時に一番達成感を実感しました。それまでは、今一自分のなかで実感もなかったし、そこまで喜びもなかったんですけど、やっぱり周りの人に声をかけられると、そこで初めて、「ああ、頑張ってよかったな」って思えたんですね。

 

で、そんな風に旅がひとつ終わったのですが、いやいや、まだこっからなのかよ!ってね。これまで以上に長く大きな旅が、この先に控えています。来年から、またさらに波乱万丈な旅が続きそうですが、頑張っていきます。

 


ということで、最後まで長くなりました。

 

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。皆さんとスピッツの来年が、素晴らしいものになりますよう、願っています。

 

では、また来年もお会いしますよ!皆さん、お元気で!

 

 

 

***

 

■おまけ

 

惜しくも、最後の最後まで悩み、今回の集中講義にて紹介する歌詞から漏れてしまった歌詞を、さらに10選紹介だけしておきます。ちなみに、この10選以外にも、まだまださらに紹介したい歌詞がありまくるので、キリないっすね苦笑。

 

 

身体のどこかで 彼女を想う
また会おうと言った 道の上
(【アカネ】より)

 

 

 

 

必ず届くと信じてた幻
言葉にまみれたネガの街は続く
さよなら さよなら 窓の外の君に
さよなら言わなきゃ
(【田舎の生活】より)

 

 

 

 

あきらめないで それは未来へ
かすかに残るけもの道
すべての意味を 作り始める
あまりに青い空の下
もう二度と君を離さない
(【けもの道】より)

 

 

 

 

心に生えた足でどこまでも
歩いて行けるんだと気がついて
こんな日のために僕は歩いてる
おもろくて脆い星の背中を
(【こんにちは】より)

 

 

 

 

まだまだ醒めない アタマん中で ロック大陸の物語が
最初ガーンとなったあのメモリーに 今も温められてる
さらに育てるつもり
(【醒めない】より)

 

 

 

 

可愛い君が好きなもの ちょっと老いぼれてるピアノ
さびしい僕は地下室の すみっこでうずくまるスパイダー
(【スパイダー】より)

 

 

 

 

くるくる回る くる回る 空も大地も
始まりのチャイムなったらもう君に会えない
ふんづけられて また起きて道ばたの花
ずっと見つめていたよ
(【タンポポ】より)

 

 

 

 

猫になりたい 君の腕の中
寂しい夜が終わるまでここにいたいよ
猫になりたい 言葉ははかない
消えないようにキズつけてあげるよ
(【猫になりたい】より)

 

 

 

 

最低の君を忘れない
おもちゃの指輪もはずさない
不死身のビーナスいつでも傷だらけ
(【不死身のビーナス】より)

 

 

 

 

甘い言葉 耳に溶かして
僕のすべてを汚して欲しい
正しい物はこれじゃなくても
忘れたくない 鮮やかで短い幻
(【ホタル】より)

 

 

集中講義:草野正宗 ~詩の世界への招待~ 第30回

f:id:itukamitaniji:20211123223652j:plain

 

 

ヒーローを引き立てる役さ きっとザコキャラのまんまだろう
無慈悲な鏡叩き割って そこに見つけた道

 

 

■この集中講義も最後となりました。最後は【1987→】の歌詞を紹介します。

 

この集中講義は、スピッツのメジャーデビュー30周年を記念して企画したものなのですが、すでに2017年にスピッツは結成30周年を迎えました。ちなみに、来年(2022年)は、もう早くも結成35周年を迎えるんですね。

 

で、その結成30周年の”節目ソング”として、この【1987→】があります。ご覧のとおり、タイトルに”1987”とありますが、これはスピッツが結成された1987年のことを指しています。この曲がスピッツにとって、スピッツファンにとって、特別な曲であることは、そこからも分かっていただけると思います。

 


■これまで、ここの集中講義でもたくさんの詩を紹介してきましたが、どんな種類の歌詞があったでしょうか。

 

例えば、草野さんが掲げている”セックスと死”というテーマに沿って、”性”や”死”について書いた詩を紹介しました。また、恋愛系の歌詞もいくつか紹介しましたし、はたまた、僕自身を含めて、聴いた人を元気づけたり、気持ちを楽にしてもらえるように歌われた歌詞なども紹介しましたね。

 

そういう意味で言うと、この【1987→】は、珍しいかもしれません。【1987→】は紛れもなく、草野さんがスピッツのことを書いた歌詞なのだと捉えられるからです。

 

当然のことながら、草野さんが書いた詩なのだから、どの詩にも草野さんの考え方が一番投影されているはずで、つまりは、全ての詩に草野さんやスピッツ自体が投影されていると考えることはできます。

 

ただし、そのどれもが、スピッツ自体のことを書いている歌詞であるとは言い難いんですよ。というより、どんなバンドでも、そんなしょっちゅう自分たちのバンドについての歌を書くか(いや書かない)、というのもありますけどね。

 

ちなみ、草野さんが、スピッツというバンドについて歌っているように思える歌としては、例えばこの集中講義で紹介した歌詞ですと、【ネズミの進化】なんかはそんな感じがしますよね。

 

あとは、紹介しなかった歌で言えば、個人的には、【えにし】とか【放浪カモメはどこまでも】とか【醒めない】なども考えられます。しかし、あえて言うならば、これらの歌詞は自分に置き換えても、教訓になり得るような部分もあったりしました(【醒めない】は、あんまり無いかな…)。

 


■ただし、【1987→】はそういう意味では初めてかも知れません。この歌に関しては、最初っから自分に置き換えて考えてみようとか、そういう思いは一切浮かびませんでした。もう、スピッツスピッツのことを歌っている…これで完結しており、これで十分でした。

 

まぁ、強いて言うならば、何かひとつのことをずっと続けていくことに対するかっこよさだったり情熱だったり、そういうものは感じましたし、自分もこの先の30年間で、スピッツのような生き方がしたいな、と思ったのはあります。しかし、それは曲から受け取った想い…というよりは、スピッツの活動そのものから受け取った想いでありました。

 

【1987→】の歌詞を読んでみると、草野さんのパーソナルな考え方や、スピッツの歴史をなぞっているような描写などが、これでもかと言わんばかりに出てくるので、もう全部紹介したいくらいなんですが、一番スピッツの生き方が反映されていると思っている部分を紹介しておきます。

 


ヒーローを引き立てる役さ きっとザコキャラのまんまだろう
無慈悲な鏡叩き割って そこに見つけた道

 

これですよ、これが結成30周年を迎えて、日本の第一線で活躍し続けるバンドのボーカルが歌った言葉ですよ。独特とも思えるここの歌詞は、スピッツにとって、草野さんにとって、とても大事なことを歌っているのです。

 


■この集中講義の第9回、【ネズミの進化】のところでも同じようなことを書きましたが、草野さんはどこか、弱々しかったり、醜く変テコな生き物に対して、そういう生き物として生きていく美学や、誇りというものをお持ちだと思っています。【ネズミの進化】は、まさにそうでしたが、あとは【オケラ】とか【黒い翼】とか【オパビニア】とか、それらにも当てはまるのではないでしょうか。

 

というより、そもそも自分たちのことを、そういう風に説明している場面があったりします。そういう考え方がよく表れているものとして、自分たちを”ザコキャラ”というものに例えた、とあるライヴでのMCがあります。

 

そのMCは、2016年に発売されました、スピッツ日本武道館公演を収録した、映像作品『THE GREAT JAMBOREE 2014 ”FESTIVARENA” 日本武道館』にて見ることができるのですが、ちょっと文字起こししてみますね。

 


スピッツがデビューした1991年には、バンドブームの後半の方で、その年にデビューしたバンドは510組くらいあったらしいですけども、その中にはスピッツなんかよりもすごいバンドがいっぱい居たんですけども、何故かね、俺らがこうやって残ってやってるっていうのは、よくアニメとか、そういうゲームとかでも、何故か”ザコキャラ”が最後まで生き残っているってあるじゃないですか。そんな感じかなと思いながらも、最高にイカした”ザコキャラ”を目指して、これからも頑張っていきますんで、温かく見守ってください」

 

こんな風に、自分たちを紹介しているんです笑 紹介しています歌詞の中にも、”ザコキャラ”という言葉が出てきていますが、それをもっと詳しく説明している形のMCですよね。

 


スピッツにとって・草野さんにとって、”ヒーロー”とはなんだったのか。そして、”ザコキャラ”とはなんなのか。

 

スピッツにとっての”ヒーロー”として、一番思い浮かぶのは、例えばTHE BLUE HEARTSがありますかね。スピッツは、元々パンクロックバンドであり、そういう方向で活動をしていましたが、ライヴハウスで演奏するTHE BLUE HEARTSを見たことが一つのきっかけで、バンドを一時辞めてしまった、という経験があるのは、割と有名な話です。

 

MCの中でも、”スピッツなんかよりもすごいバンド”と表現なさっていますが、そういう”ヒーロー”達を引き合いに出して、自分たちは、あくまでそれらを引き立てる”ザコキャラ”なんだと歌っています。

 

この辺りからは、草野さんを含めたスピッツメンバーたちが、自分たちの名前がどんなに世に広く知れ渡るようになっても、決しておごらずに、自分たちのペースで活動を地道に続けていったことが、非常によく分かります。

 


■続く歌詞は、”無慈悲な鏡叩き割って そこに見つけた道”という歌詞です。

 

”鏡”は”鏡”、所詮は自分たちのありのまましか映し出すことはありません。小さい物は小さく、醜いものは醜く、そのありのままを映し出すだけなのです。

 

またブルーハーツの話を出すと、ブルーハーツライヴハウスで見たことがきっかけで、自分たちが、ブルーハーツコピーバンドであるように思えたらしいですが、所詮どんなにパンクロックバンドとして頑張っても、どこかで”鏡”に映った自分たちの姿に気づいたのでしょう。

 

そして、その”鏡”に映った自分たちに、失望したかもしれません。例えば、こうなりたいと思い描いていた自分たちの姿やバンド像があって、そこからかけ離れた姿がそ映っていたからです。

 

しかし、そこでスピッツは・草野さんは、その”鏡”を叩き割る決意をしたのです。”鏡”に映った自分たちの姿に、いつまでも縛られるのではなく、自分たちのやり方を新しく探していこう、と。

 

これは、デビューの時もそうですけど、”マイアミショック”の後の、ロックバンドとして新しく生まれ変わった時にも当てはまるようなことですよね。本当に、自分たちがやりたい音楽を、新しく見つけていこうとしたのでしょう。

 

その道を本当に長く歩んで行くことで、確かにスピッツは、今ではもう”スピッツロック”としか形容することができない、彼らにしかできなロックの形を作り上げました。そのことがね、一番すごいことなんだと思うんです。

 

まさしく、MCで語った通り、物語の序盤に登場しているくせに、何故か最後まで生き残ったザコキャラ…まぁ、僕たちは別に、スピッツのことをザコキャラなんて思わないですけど、”ザコキャラ精神”とでもいうのでしょうか、そういうものをいつまでも忘れずに活動を続けているから、スピッツはどこまでいってもスピッツなんでしょうね。